第110章 黒鉄の魚影
ウォッカが直美の頭から手を離すが、彼女は全く動こうとしなかった。直美をこの部屋から出すように、とキールに目配せをする。
「……行くわよ」
キールは直美の腕を掴んで引いた。2人が部屋を出ていき詰めていた息をゆっくり吐いた。そして立ち上がる。
「どこへ?」
『ジンと合流するまで暇でしょ?適当に時間潰してくるわ。アクセスしてたバックドアが閉じられるのは時間の問題だろうし』
まあ、1つ閉じられたところで問題はないのだが。ピンガが仕掛けてくれたバックドアはまだいくつかある。
応接室を出てキールが向かったであろう方向へ足を向けた。
周囲に人影がない事を確認しながら足音を殺して歩いていくと、志保と直美のいる部屋の前に立ち尽くすキールを見つけた。私の姿を見ると慌てたような表情を浮かべる。
『同情してるの?』
「……いいえ、そんな事ないわ」
『そう』
先程モニターを見ながら手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握っていただろうに……その事は黙っておこう。
そのままキールに近づいていき、肩と肩が触れ合うくらいの距離で足を止める。
『……これは独り言なんだけど』
「……」
『関係のない子供を巻き込むのは不本意なの。あの子供を見つけた直美のシステムも本当に使えるのか疑問だわ……それなら2人とも逃がしてしまえばいい。まぁ、誰かが近くに来ないと難しいけどね』
キールが目を見開いた。
『今回は貴女が何をしても目を瞑るし……その件で危険な目に合いそうなら助けてあげる』
そう言ってキールの着ているフード越しに背中を軽く叩き、彼女から離れた。
発令所に向かいながら考えた。
正直賭けではある。自らの身を危険に晒してまでキールがあの2人を助けるかどうか……ジンの到着までにどうにかしないと。
発令所につくと乗組員のほかにウォッカの姿もあった。どうやら浮上の準備をしているようだ。潜水艦が浮上し始めた感覚に焦りがつのっていく。
そこへキールがやってきた。
「そういえば、ちょっと気になったんだけど」
「ああ?」
「ジンはどこから乗り込むの?昨日みたいに魚雷発射管から?」
このタイミングで何を……と一瞬考えてすぐに理解した。
『違うわ。艦橋からよ』
「兄貴には安全に乗ってもらうさ。そのために浮上してんだ。あそこから出入りするのはもう懲り懲りだ。肝が冷えるぜ」