第110章 黒鉄の魚影
一方的に切れた電話。抑えきれなかった舌打ちが部屋の中に響く。
「……どうしたの?」
『ピンガが、職員の1人を始末したって』
「それって……」
『余計な事を……!』
頭を抱えていると応接室の扉が開いた。ウォッカに連れられてきた直美がバランスを崩して地面に倒れる。
頭を抱えたままの私が動かない事を察したのか、キールが立ち上がってウォッカの元へ向かう。
「ウォッカ」
「どうした?」
「始末したって」
「何?ピンガの奴、計画に無い行動しやがって……さっさと来い」
ウォッカが直美を引っ張り上げてパソコンの前に立たせた。
「これを見ろ」
ウォッカが直美の頭を掴んでモニターに向けた。その瞬間、直美が息を飲む。
「父さん……!父をどうする気?!」
「頭のいいお前なら、想像できるだろ?」
「あれは、私の父が世界平和に生かしたいと言って実現してくれたシステムよ!」
「そんな父親を見殺しにするってのか?ひでぇ娘だな」
「あなた達には絶対渡さない!」
直美が横目でウォッカを睨みつける。その目に浮かんだ涙が頬をつたった。
「ほぉ……それじゃあお楽しみタイムといくか」
気が重い……が、やらないと。そう思いながら再度コルンに電話をかけた。
『こっちの準備はいいわ。好きなタイミングで仕留めて』
「わかった」
私の声が聞こえたのか、直美の視線がわずかに向けられる。その表情には絶望がありありと浮かんでいた。
ウォッカは直美の顔をモニターに向かせる。直美は画面に向かって叫んだ。
「父さん!早く逃げて!」
「早いとこ決心した方がいいぜ?」
「父さん!逃げてぇ!」
父さん、か。叫び続ける直美の姿を見ながら思い出したのは、アイリッシュの姿。
私には父親がいない。だから、正解はわからないけど彼に近い何かを見出していた。失うのは怖かった。でも……始末されてしまった。助けに行く事はできなかったし、そもそもアイリッシュにそれを望まれなかった。それを知った時の無力感といったら……知っているの助けられない、その絶望といったら。
画面に映ったマリオの体が一瞬宙に浮き、そして倒れた。
「いやああああ!!」
直美は絶叫し、頭を垂れた。その目からは大粒の涙がこぼれ落ちていく。
「次はお前の母親だ。それでも俺達との取引を断る気か?よぉく考えた方がいいぜ」