第110章 黒鉄の魚影
閉められる扉の隙間からもう一度部屋の中を覗く。志保の青冷めた顔は嫌なくらい目に焼き付いた。
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『バレたとはいえ、余計な事しないでよ』
「……ああ」
ピンガからの電話が切れる。
昨夜の防犯カメラの映像の書き換えが他のエンジニアにバレたらしい。ひとまず眠らせてあると言うが……少し、いや、かなり心配だ。
応接室のパソコンを操作しながら抑えきれない何度目かのため息をついた。
今回の件は気が進まない。志保が巻き込まれてしまったというのが1番の理由だ。それに加えてピンガからの脅し……気が重くなるのも無理はないだろう。
『……いた』
パソコンを使って探していたのは……マリオ・アルジェント。EU議会の議員で、直美の父親だ。彼の命を人質に直美に取引を持ちかけるのだが……返事がなんであろうとこちらのする事は変わらない。
フランクフルトに滞在中のコルンの番号をタップして繋がるのを待つ。
「……もしもし」
『コルンね?マリオ・アルジェントを見つけたわ。場所はエッシェンハイマー塔近くのシティホテル401号室。すぐに向かって。タイミングは追って連絡するわ』
「わかった」
プツリと切れたスマホをデスクに置いてまたため息をついた。画面に映るマリオはこの後自身に何が起きるかなんてわかっちゃいないだろう。マリオはきっと死ぬ。それをわかっていながら居場所を伝えた。
自分が嫌になる。人の命を天秤にかけ選んでいる事に。嫌われる事を恐れているのも。
スマホを持ってソファに座り直す。そして、背もたれに体を深く預ける。すると扉が開いてウォッカとキールが部屋に入ってきた。
『……マリオを見つけたわ。コルンにも連絡してある。それと……』
一応ピンガのからの連絡も伝えると、ウォッカは舌打ちをして一度応接室を出ていった。直美を連れに行ったんだろう。そもそも志保を拉致なんてしなければ……と内心で悪態をついた。
コルンにメールでもうすぐだ、と連絡を入れた。
向かいのソファにキールが座る。ちらりと互いを見てすぐに視線を逸らした。
持っていたスマホが震える。誰かと思い画面を見ると、表示されているのはピンガの番号。
『もしもし』
「さっき言ったレオンハルト……あー、同僚を始末した」
『は?』
「口封じしてアイツがやったように遺書も残した。問題ねぇ。それだけだ」