第110章 黒鉄の魚影
志保と直美のいる部屋の扉をウォッカが開けた。
「おい、なんだ!縛ってねぇじゃねぇか!」
ウォッカが後ろにいるキールに顔を向けた。
「こんな子供に必要ないわ」
「念には念をだ」
ウォッカはそう言って二段ベッドの上にあったロープを手に取った。隙間から様子を見れば、志保が震えているのがわかった。
「貸して、私がやるわ。貴方はこれを確認したいんでしょう?」
キールは持っていたタブレットをウォッカに渡し、代わりにロープを受け取った。そして、志保に近づく。
「足からね」
そう言って志保の足を縛っていく。
志保が髪に手をやる。そして、手を伸ばし……キールのフードに何かを入れた。キールも気づいたのか一瞬動きを止める。が、何も言わずに手を動かしていく。
腕を縛るためにキールが志保の体を後ろに向けた。その時、志保と目が合った。その目が若干見開かれたのを見て、思わず目を逸らした。
「しっかし、信じられねぇな」
ウォッカの声に反応したのか、志保の肩がびくりと震える。
「お前、シェリーなんだろ?」
タブレットを志保に見せながらウォッカはニヤリと笑った。
もちろん志保は何も答えない。すると今度は直美にタブレットの画面を見せた。
「おい、このガキがこの女って事だよな?」
「これって……」
直美はそう呟いたがすぐに画面から目を逸らした。それを見てウォッカは舌打ちをする。
『期待するだけ無駄よ。絶対に違うから』
「ああ?」
ウォッカを押しのけて部屋の中へ入る。志保の前にいるキールは慌てて立ち上がった。入れ替わるようにして志保の前にかがみ、その顔に手を伸ばした。小さな顎を掴んでグッと顔を近づける。
その瞳は恐怖で濡れていた。表情も引きつって震えているのがわかった。初めてあった時でさえ、もう少しマシな様子だったのに。怖がらせてしまう事に申し訳なさを感じる。でも、気は抜けない。志保本人だと確信させてはいけない。
志保に向けて口角を上げれば、後ずさろうとしたのか足がベッドを擦った。
『……確かによく似てるけどね』
カタカタと震えが大きくなっている。手を離せばずっと息を止めていたのか静かに深呼吸を繰り返している。
「あまり怖がらせて怪我でもされたら困るわ。生かしたままラムに会わせないといけないんだから」
「ジンの兄貴に会わすのが先だ」
『そうね……』