第110章 黒鉄の魚影
「妙に頭が切れるみたいだし、何より警視庁の連中が連れてくるなんざ普通じゃねぇだろ……ああ、もしかしてコイツもシェリーと同じか?」
『……』
「まただんまりか……まあいい。全部が終わったらもう1回だけ聞いてやる。どっちにつくかよく考えるんだな」
ピンガはそう言って潜水の準備を始めた。
何度言われたって答えは変わらない。ピンガを睨みつけて発射管室を出ようとして足を止めた。
『余計な事するんじゃないわよ』
「……あ?」
『この拉致のせいで計画に綻びが出てる。これ以上何かを重ねれば取り返しのつかない事になる……だから、予定外の事は絶対にしないで』
そう言い残して今度こそ発射管室から出た。
ピンガがあの少年の正体に気づくのは時間の問題だろう。あの少年の事がバレたら、工藤新一を始末したはずのジンに疑いの目が向く。ピンガにとっては最高の状況だ。長年蹴落としたがってたんだから。
応接室に戻るとウォッカとキールの姿があった。
『……あの子供は?』
「一応着替えさせて直美と同じ部屋に入れてあるわ。貴女は……何、その怪我?」
『大した事ないわ……この後どうするの?』
「2人とも目が覚める頃を見計らって様子を見に行く予定」
「ああ……あのガキがシェリーかどうか確認しねぇとなぁ」
『へぇ……私も見てみたいわ』
ナイフで切れた手の手当てをしながら考えた。
このまま志保に会ったらどうなる?私を見て、ほんの少しでも安心した顔をさせてしまったら……それが決定打になってしまったら。ウォッカは私と志保の仲をそれなりに知っている。油断できない。
それなら会わない方がいいのだろう。でも、志保の無事を確認したい気持ちもある。
細く長く息を吐く。そして、自分の中のスイッチを切り替えた。
亜夜のままで会う事はできない。ならば、マティーニとして接しなければ。もしかしたら怖がらせるかもしれない。私に対しての気持ちも変えてしまうかもしれない。それでもいい。志保が無事でいてくれるならそれで。
それからしばらくしてウォッカが立ち上がり部屋を出ていく。その後に続いてキールも。
私も立ち上がり目を瞑った。スイッチが切り替わっている事を意識して目を開く。
この先を捨ててでも志保を助ける。包帯に覆われた手を握って2人の後を追いかけた。