第110章 黒鉄の魚影
『ジン……』
「おい、どうした?」
電話からピンガの声が聞こえてくる。私がジンの名を呼んだ事には気づかなかったようだ。でも、これ以上話していたらまた機嫌を悪くしそう。
『ううん、なんでも。それじゃあまたね』
「……ああ」
さっさと通話を終わらせてジンの方に向く。
『……偶然?』
「どうだろうな」
適当に歩いてきたのに見つけられた。ジンの泊まっているホテルからは若干距離があるし……GPSで探されたってところか。まあ別にいいんだけど。
「……こんな所で何してる」
『キールに部屋貸してるの。彼女、私と一緒にいたら休めなさそうだから出てきた』
「馬鹿か。時間と場所を考えろ」
ジンは短くなったタバコを地面に落とし踏みつけた。
『……それって連絡したら来てくれたって事?』
「……」
その問いには答えず、そのままくるりと向きを変えて歩き出したジンの後を慌てて追いかけた。
少し歩いたところに止めてあったジンの車に乗り込む。ジンは新しく取り出したタバコに火をつけた。ゆっくり吸い込み、そして吐き出す。
「電話の相手は」
低い声で問われて少し背筋を伸ばした。
『ピンガ、だけど……』
「……ああ、アイツか。ずいぶん親しげだったな」
『そうかな……まぁ、歳も同じだし任務が同じになる事もあるけど。ジンはあまり関わった事ないの?』
「あの程度でコードネーム持ちとはな」
『ちょっと、そんな言い方……』
「違わねぇだろ?空いた椅子に座る事しかできねえ野郎だ」
今の組織内でのピンガの立ち位置は、ラムの側近。でも、その場所に立つ事になったのはキュラソーというラムの腹心がいなくなったから。実力ではなく、ただ椅子が空いたからその場に収まったようでジンは気に入らないのだろう。
『そんな事ないわ。彼の作ったシステムが組織内で使われてる事くらい知ってるでしょ?IT関係の知識はすごいのよ?』
「……」
『今日の事は……っ』
それ以上言葉を発する事はできなかった。ジンが鋭い視線で私を睨んでいたから。伸ばされてくる手を避けることもできず、強く頭を引き寄せられる。そして、乱暴に唇が重ねられた。
タバコを吸っている最中だからかかなり苦い。口内を好き勝手にしていく舌と私を包む匂いのせいでクラクラしてきた。うっすら開かれた目に心臓が大きく音を立てるのも感じる。