第110章 黒鉄の魚影
『そんなに怖い顔しないで……よし、これでいいわ』
手当てを終えて道具を片づける。この状態でシャワーを浴びさせるのは良くないし、申し訳ないがタオルで我慢してもらおう。手伝いながら体を拭いて私の服を貸した。元々着ていたものは穴も空いてるし血だらけだし処分するしかないだろう。
『医者はこの部屋に呼んだから今日はここで休んで』
「……ええ」
『それと、これ。痛み止め。あった方がいいでしょ』
そう言って薬を差し出すが、キールはじとりとこちらを睨んでくる。
『毒じゃないわよ。だったらこんなふうに手当てしないわ』
渋々受け取ったがこの様子じゃ飲まないだろう。それどころか休む気もないかもしれない。怪我も酷いし少しくらい休んでもらいたいのだけど、私がいたらたぶん無理だろう。
それならば外に……その前に服だけ変えていこう。ライダースーツを脱いで別の服に着替える。
『……この部屋好きに使っていいから。そっちのバッグに携帯食料と飲み物もある。必要なら食べて』
「……貴女はどこに行くの」
『適当に時間潰してくるわ。私がいたら休めないでしょう?明日手当てが終わったら連絡して』
何か言いたげなキールを残し部屋を出た。
『とは言ってもねぇ……』
時間も時間だ。適当なバーでもあればいいのだが。調べてみようとスマホを取り出す。気づかない間に着信があったようだ。ジンから1回、ピンガからは2回。
かけ直すか……そう思って先にピンガに電話をかけた。数コールの後、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『ごめん、気づかなくて。どうしたの?』
「どうもこうもあるかよ!」
そこから始まったのはジンに対する愚痴。愚痴を人に漏らすなんて、潜入のせいかずいぶん女々しくなったなと思いつつもそれは胸の内にしまっておく。
「もっとお前と直接話したい事あったんだがな」
『そうなの?』
「次いつ会えるかわからねぇし……」
『……本当に女々しくなったね』
「はあ?!」
『あ、ごめん』
「……チッ」
つい言ってしまった。予想通りの反応が返ってきて思わず笑ってしまいそうになる。
『この先も会う事はあるだろうし、その時聞くよ』
「……ああ」
『それじゃ、あ……』
電話を切ろうとした時ふわりと馴染みのあるタバコの匂いがしてきた。そちらを向けば街灯に照らされた銀色が怪しく光った。