第110章 黒鉄の魚影
「アイツと2人なんて冗談じゃねぇぞ!」
ピンガは抑えた声で、それでも耳元で叫ぶように言ってきた。
『仕方ないでしょ。キールの手当て急がないと。結構酷い傷だし……それに話せるのは今しかないでしょう?貴方明日朝一の便で帰るんだから』
「だからってなぁ!」
『子供じゃないんだから……最低限の確認でいいから。追加があれば私から連絡するし。だから今だけ、ね?』
さらりとピンガの頬を撫でながら言えば渋々頷いた。とりあえずピンガは大丈夫だろうけど……ジンの突き刺すような視線が痛い。あとで大変かも。
『それじゃあ先に行くわ。ほら、行きましょ』
「……ええ」
ジンとピンガの間に広がる険悪な雰囲気から逃げるようにその場を後にした。
泊まっている部屋に着きキールを中へ促す。ここに来るまでにツテがある医者に連絡をしたが、来られるのは早くても明日の朝になると言う。
「……本当に大丈夫よ」
『肩やられてるのに何言ってるの。ほら、服脱いで』
キールをベッドに座らせる。キールは迷った様子だったが、すぐにファスナーをおろしていく。気をつけながら服を脱がせるが、少し動かすとキールの表情に力が入る。
『これでよく大丈夫だなんて……』
現れた傷にため息をついた。先程までは薄暗い場所にいたし服が暗い色だからよくわからなかったが、キールの服は結構な範囲が色濃く湿っている。まだ血も止まってないし、キールの顔色も良くない。若干の貧血か。
濡らしたタオルで血を拭き取りながら傷口を観察する。
『後ろから撃たれたの?』
「……ええ」
『追ってた女に回り込まれたとか?』
「……これはジンに撃たれたの」
『ジンに?どうして?』
問いかけたが、キールはもうこれ以上話す気はないらしい。それでも、私の頭は与えられた情報を整理しまとめていく。そしてたどりついた1つの可能性。
『逃がそうとしたわけじゃないわよね?』
「……まさか。そんなわけないでしょう」
『そう。ならいいけど』
部屋の中の空気が張り詰める。傷口を消毒し少しキツめに包帯を巻いていく。その手は止めずにゆっくりと口を開いた。
『変な真似はしない事ね。今、貴女が死んだら困るのよ』
「っ……」
『ああ……でも、あまりに目に余るようならうっかり口が滑っちゃうかも』
そう耳元で呟くとキールの顔色が更に悪くなった。