第108章 カイピリーニャは甘すぎる #2 ※
コツコツと近づいてくる足音にゴクリと喉がなった。そして、数メートル先で止まった彼を恐る恐る見上げた。よりによって今1番会いたくない人だ。それでもどうにか言葉を絞り出す。
『……ジン、来てたんだ』
「ああ」
紫煙を吐き出しながら言うジンの目は冷たくて、冷や汗が一筋こめかみをつたっていった。
ジンの視線が私を外れてピンガの方に向けられる。それに釣られてピンガを見ると、若干額に青筋が浮かんでいるのが見えた。
『……ピンガ、今は』
「……」
ピンガはゆっくりと息を吐いて纏いかけていた殺気を消した。それにほっとしつつも、この状況をどう脱しようかと自分の足元に視線を落としながら考えを巡らせる。取引でもこんな雰囲気の場所なかなかない。
コツ、と足音がして顔を上げる。すぐ近くまで来ていたジンに反射的に身を引くが、伸ばされた手が私の顎を掴みあげた。
『な……っ、ぐ、げほっ』
紫煙を顔に向けて吐かれて思いっきりむせた。息を整えながらその意味を理解して、いつもなら顔が熱くなるのに今は血の気が引いたままだった。
「今夜、任務後だ。逃げるなよ」
そう言い残してジンは去っていく。その背中を見つめながら詰めていた息を細く吐き出した。
「わざわざ見せつけがってうぜぇヤツ……しかもこっちには目もくれねぇ」
言葉の端から苛立ちを感じるが、それでも冷静を保てている。若干感情が漏れていたのは気になったが……ジンは全く気にしないだろう。
「いつもあんな感じなのか」
『いつもじゃ……優しい時もあるし』
ピンガのような扱いをしてくれた事は今のところないけど。もしかしたらこの先そうなるかもしれないし。
「……本当にお前の言う都合のいい関係ってのでいいのかよ」
『それは……』
「俺にすれば?」
そう言ってピンガに引き寄せられる。顔が近づけられて咄嗟に唇の前に手を差し込んだ。手の甲にピンガの唇が触れるのを感じて、気まづさに目を逸らす。ピンガは顔を離し小さく舌打ちをした。
「……つまんねぇ女」
『そう思うなら諦めてよ』
ピンガの事は嫌いじゃない。もしこの先、仕方がない状況ならまた同じように助けるだろうし。でも、それはずっと傍にいたいという意味じゃない。
『……貴方は甘すぎるの』
その優しさは私を弱くする。だったら、そんなものいらない。冷たいくらいがちょうどいい。