第107章 カイピリーニャは甘すぎる #1
ピンガに変装や女性としての振る舞いを教えてから2週間。今日は最終確認の日。私もピンガも時間がなかなか合わなくてかなり期間が空いてしまった。
前回とは違うホテルを指定されてそこへ向かう。呼び鈴を鳴らして鍵が開く音がした。ドアノブに手をかけようとしたが、それより先にドアが開いて1歩後ろへ下がる。てっきり前と同じように鍵だけ開けて放置かと思ったのに。
開いたドアから覗くのは女の姿に変装したピンガ。ピンガの事を知っている者でもパッと見ただけではそうだと気づかないだろう。
「いらっしゃい。入って」
そう言ってにっこり笑ったピンガにぽかんと口を開けてしまった。
2週間あったとはいえ変装の事はほとんど素人だっただろうに。思ったより完成されている。
『あ、お邪魔します……』
予想以上のクオリティにそんなぎこちない反応になってしまった。
部屋の奥へ進んでいくピンガ。歩き方も綺麗だ。ソファに腰掛ける様子も座り方も女性らしい。それどころかきちんとしつけられたどこかの令嬢のようだ。
「何か飲む?」
『……いえ、お構いなく』
いつまで続くんだこれ。
「そう?じゃあ私の事聞いてくれる?」
『あ、うん』
そういって始まったのはピンガ……いや、グレースの自己紹介。長期の潜入のためか、かなり作り込まれたプロフィール。それだけでもかなりすこあのだが、髪を耳にかけたり顎に指をそえたり、ちょっとした仕草にすら驚く。凝り性なんて言葉では表せないほど。
「どうだった?」
『……じゅうぶんだと思います』
「ふふっ、どうしてそんなに硬くなってるの?」
『……いつまでそれ続けるの?』
そう聞いた瞬間、先程までの雰囲気が消えた。そして姿勢をダラっと崩し、眼鏡とウィッグを取り去った。
「あー、だりぃ……」
『でも予想以上よ。それなら問題ないわ』
「そうかよ」
ピンガはぐるぐると凝りを解すように首を回す。
『いつから潜入なの?』
「……もうすぐだ」
『そう。でも、大丈夫だと思うわ。それじゃあ私の役目はここまでね』
確認も済ませたし、これ以上ここにいる理由はない。そう思って部屋の出口へ向かう。
が、腕を強い力で掴まれた。何かと反応する前にベッドに投げられる。その衝撃に目を瞑った一瞬のうちに四肢を押さえつけられた。そして、喉元に突きつけられたナイフが視界の端に映った。