第107章 カイピリーニャは甘すぎる #1
『……悪いけど今日は帰らせてもらうわ』
「……そうかよ」
こんな空気の漂う場所でまともに変装を教えられる気はしない。出していた道具をバッグに戻し……向けられる視線にため息をつく。
『もし、私に教わる気があるなら……そうね、明後日の午後なら時間を取れるから連絡して』
「はっ、ずいぶんお人好しなもんだな」
『キュラソーに頼まれたからやってるだけ。彼女に変に気を使わせたくないし……必要なら明日中に連絡して。それじゃ』
「……ジンに余計な事言うんじゃねぇぞ」
そのピンガの言葉に深く反応せずに、そのまま部屋を出た。
自分の車に戻りシートに深くもたれかかった。
『……どうしよ』
ジンの誘いは先程断ってしまったし、それなのにこちらから連絡するのは気が引ける……でも上書きしてほしい。何度もメールアプリを開いて、閉じて。ジンの番号を途中まで打って、消して。無駄に時間だけが過ぎていく。
『……明日、会えるんだよね』
だったら少し我慢しよう。きっとその方が、よりジンの事を感じられるだろうから。
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翌日。ジンの車で任務に向かう。この後抱かれるのかと思うとちょっとそわそわしてしまう。ふと、昨日ピンガにキスされた感覚を思い出してしまって唇を押さえた。
「……どうした」
ジンの問いかけに大袈裟な程に肩が跳ねたのがわかった。
『いや、別に……あ、ちょっとごめん』
震えたスマホに視線を落とす。覚えのない番号。でも、心当たりは1人しかいない。
『……もしもし』
「明日、夜7時頃来れるか。場所は昨日と同じ』
予想通りピンガであったけども、声色の感じが昨日と違う気がする。というか、来いって言い切らない辺り……何となく首を傾げてしまう。
『大丈夫よ。7時ね』
「……それだけだ」
切られた電話と横から突き刺さる視線。
「何の用だ」
『ピンガに変装教えに行くの』
「あ?昨日行ったろ」
『色々あって途中で切り上げたの。だから……』
「色々、か」
『べ、別にやましい事なんか……』
「俺はそんな事一言も言っちゃいねぇが?」
『っ……』
「まぁ、後でゆっくり聞かせてもらうがな」
そう言って笑ったジンに今日の夜は長い事を察する。
約束を明日にしたのは失敗だったかもしれない、と若干の後悔をしつつも疼く身体。それを誤魔化すように強く手を握った。