第107章 カイピリーニャは甘すぎる #1
指定されたホテルの部屋の呼び鈴を鳴らした。少し待っても反応がないからもう一度鳴らす。
数十秒くらいしてガチャ、と鍵の開く音がした。ドアに当たらないようにと思って1歩下がるが、開いてくる様子がない。
鍵は開けたんだから勝手に入ってこいって事?!
『……はぁ』
不安しかないけどこのまま帰る訳にもいかない。ため息をついてから、ゆっくりとドアを開けて部屋の中に入った。
部屋の中は若い男が付けるような、それでも安っぽさの無い香水の匂いがした。ざっと部屋を見回すとブランド物の香水や化粧品……割と容姿に気を使う方なのだろうか。壁にかけられているスーツも質の良いものだ。
テーブルの上には2台のパソコン。仕事中だったのか、とも思ったがピンガはベッドに寝転がってスマホをいじっている。
『あの、どうすればいい……?』
道具の入ったバッグをおろしながらピンガに声をかける。チラリと視線を寄越した後、気だるそうに起き上がった。
「は?何も聞いてねぇの?」
『……貴方に変装を教えてほしいとは言われたけど?』
ピンガの態度にイラッとしたせいか、おろしたしたバッグが少し大きな音を立てた。
『私なんかよりベルモットの方が適任だと思うけど』
「誰があんな魔女ババァに頼むかよ」
『二度とその呼び方するんじゃないわよ……?』
引き攣りそうになる口角をどうにか抑える。どうしてこうも神経を逆撫でするような物言いしかしないのだろう。怒らせたいなら十分だが。どちらにせよ仲良くなれる気がしない。
『……さっさとやりましょ。一応聞いておきたいんだけど、何の任務で変装するつもり?』
バッグを開けて道具を取り出しながら聞く。
「……潜入。長期の」
『長期?』
「なんだよ」
『てっきり何か取り引きとかパーティに行くとか、そういう一時的なものだと思ったから』
「それの何が問題なんだよ」
『完璧に別人の顔にする、要は変装マスクだと咄嗟の時困るでしょ?』
「……」
『毎回同じ顔を作るにしたってマスクとなると結構時間かかるのよ。だったら簡単なメイクしてウィッグ被って……って方が無難じゃないかしら?』
「……へぇ」
『うーん、そうね……ちょっと失礼』
一度道具を置いてピンガに近づく。一言断りを入れて、そっとピンガの顎をすくった。
「……は?っ、なんだよっ!」