第106章 3年前の11月6日
『う、わっ……危なっ』
女が立ち上がってこちらに手足を突き出してくる。バッグと荷物が手から落ちたが、今はそれを気にする余裕はない。にしても、スカートにしなくて良かった。おかげでこちらも問題なく対応できる。しかし、一撃が重い。確実に落としにきているようだ。腕や脚で受けているけど、骨が軋むような感覚が何度もする。
『"急に何よ。助けようとしただけじゃない"』
「"そんな事頼んでいない"」
『あー、"ロシア語?まだちょっとわからないのよね"』
そう返しながらどうにか反撃の機会を伺う。
女が怪我しているのは右肩のようで、それでも利き手なのか無意識に使おうとしてその度顔を歪めている。狙うならそこか。
『ぐっ……』
脇腹に蹴りが入って呻くような声が漏れた。痛い、でも、アイリッシュの一撃に比べれば大した事ない。私の様子を見てか少しだけ女に隙が出来た。
その隙に、掌底を女の右肩に叩き込んだ。思いっきり、全体重をかけるくらいの勢いで。
「ぐああああっ!」
悲鳴と妙な音がして女が倒れ込んだ。蹴りが飛んできても怖いから少し離れたところで見ていると……どうやら肩が脱臼したらしい。思いの外上手くきまったようだ。
やり合っている間にちらりと傷の様子を確認したが、どうやら後ろから撃たれたらしい。しかも、それは貫通せず残ってしまっているみたいだ。それだけでもかなり痛いだろうに。
『っ……』
体を動かすと先程蹴られた脇腹に激痛が走った。もしかしたら、アバラ折れたかもしれない。それをどうにか堪えてバッグの中にある愛銃を取り出して女に向けた。
また妙な音がした。女が起き上がって無理矢理肩をはめたようだ。
「"お前、何者だ"」
『"通りすがりの一般人ね"』
「"一般人?笑わせるな"」
『"なら、貴女は何者なの?その怪我で病院に駆け込まないって事はそこそこの訳ありでしょ?"』
「……」
『あっ……』
女が走り出した。慌てて追いかけようと思ったが、1歩踏み出した瞬間また脇腹に痛みが走る。仕方ない、諦めよう。ひとまず、ここから去らないと。もし戻ってきたら私の方が不利だ。
地面に落ちた荷物を拾い上げて、できるだけ早くその場を去った。もし追ってきたとしても、訳ありならば人混みの中なら大きく動けないだろう。
どこか落ち着ける場所で、ジンの連絡が来る事を期待しよう。