第101章 隣に立つのは
『不思議だよね。ジンの話をした事はあったけど顔は知らないはずだし。写真なんて持ってないし、似顔絵を書いた事があるわけでもない。それでも、光希はジンが父親だってわかったみたい』
「……」
『……光希が見つけてくれてなかったら、ずっと会えないままだったかも』
コーヒーを一口飲んで、ゆっくり息を吐く。そして、また口を開いた。
『本当は諦めてたの。あの場所で死ぬんだってそう思ってた』
目を閉じれば迫ってくる炎が、建物が崩れていく音が鮮明に思い出せる。
『でも、何回目かの爆発音が聞こえて目を開けた。ああ、私ここで死にたくないって、ここで死んだら本当に負けるって。だからどうにか立ち上がった』
薬の効果は切れていたから1歩踏み出す事に激痛が走った。何度もつまづいて転んで、所々火傷も負ったし髪も焦げて短くなっていった。それでも、必死に出口へ向かった。
『運良く人気の無いところに出られて、でももう限界だった。やっぱり無理かって思ったんけど……たぶん、偶然じゃないんだろうな。知り合いの闇医者が通りかかったの。その人に助けて、って言ったところで意識が飛んで、目が覚めたのが1週間後だった。目を覚まして早々に腹の子供はどうするって言われて、そこで初めて知ったの』
たくさん悩んだ。産んでもいいのかって。普通を知らない私が子供を育てられるのか不安で仕方なかった。それでも、覚悟を決めた。何があっても絶対に守ると。
『大変な事も多いけど毎日楽しい。光希を産めて良かったって思うよ。きっと、光希が私を生かしてくれた』
「……そうか」
再び沈黙してしまう。話ができてすっきりした反面、気持ちは暗くなっている。その原因は、話している最中に気づいた……ジンの左の薬指に光るシルバーのリング。
それだけ時間が経ってしまったのか。それならば、もう一度会えただけでも喜ばなければ。
『ジンも……元気そうでよかった』
絞り出した声は震えているかもしれない。それでも、これが最後ならちゃんと伝えておかないと。
『逃げ切れたのか、怪我はしてないか、ずっと心配だった。だから、今日会えて本当に嬉しかった』
「……」
『光希の事は大丈夫だから。私が守るから』
「……何を言ってる」
『っ……ゆ、指輪してるでしょ』