第100章 数日前の話
「んー?」
光希は首を傾げる。最近言葉を発するようになったばかりだ。少し難しいかもしれない。
『志保っていうの。大切な妹』
「し……しぃ?」
『そうね』
「しぃ!」
ニコニコと笑いながら光希は志保の方へ手を伸ばした。志保は迷いながらもその手にそっと触れてくれた。そして涙を拭いながら優しく微笑む。
「可愛いわね」
『ええ』
「……この子の、父親って」
『……たぶん、貴女が思ってる通りよ』
銀色がかった黒髪。少しだけ鋭さを持った目尻。ほんの少しではあるけど、ちゃんと彼の血が流れているのがわかる容姿。成長すればもっと似てくる部分があるのかもしれない。
「今……どこにいるか知ってるの?」
『知らないわ。生きてるかどうかもわからない……ただ元気でいてくれる事を願うしかできないから。この子には一応何回か話してるんだけどね』
「そう……」
『今も大変な事は多いけど、それでも幸せ。生きてて良かったって心から思うわ』
光希を抱き上げてゆっくり立つ。
『……ずっととは言わないけど、しばらくは私達の事秘密にしてくれる?』
「もちろん……でも、それだけじゃ足りない。写真の事も薬の事もずっとお礼がしたくて……」
『私が勝手にやった事だから気にしないで』
「っ……」
『少し酷い事を言うかもしれないけど……どこかで私達を見つけても知らないフリをしてくれると助かるわ』
「……ええ。わかったわ」
『ありがとう。それじゃあ、元気でね』
できる事なら志保も抱き締めてあげたかったけど、もう彼女はこちら側にはいない。大切な妹だけど、それでも。
光希が志保に向けて小さな手を振る。そして私を見上げて得意気に笑った。
『偉いねぇ。あの子の……しぃの事ずっと覚えててくれると嬉しいな』
「ん!」
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オープンテラスのカフェ。外のテラス席に案内される。メニューを眺めていると、別の客が案内されてきた。大きな女優帽にサングラス。柔らかな金髪が揺れている。その人は私の真後ろの席に座る。懐かしい、大好きだった香水の香りがした。
「あら、可愛らしいBabyね」
『そうでしょう?』
「貴女はずいぶん丸くなったんじゃない?」
『……貴女は変わりなさそうで安心したわ』