第100章 数日前の話
『それじゃあ、よろしくお願いします』
「はい!お預かりしますね!」
ずっと返す事ができずにいた借り物をポアロに預けて店を出る。また1つ肩の荷が降りた。本当はアイスコーヒーを飲みたかったのだけど。別のカフェに入ろうか。そう思いながら愛おしい息子の頭をそっと撫でた。少し眠そうだな。
ポアロの入口のベルが大きく鳴った。驚いて振り返ると、そこには。
「あの……!」
『……何か?』
「私、毛利蘭っていいます。数年前のパーティの時に貴女に助けてもらったんです。覚えていませんか……?」
『……ええ、覚えているわ』
「ずっとお礼が言いたかったんです」
蘭ちゃんはそう言って深く頭を下げた。
「貴女が助けてくれたからこうして普通に生活できてます。あの時、助けてくれて本当にありがとうございました」
『元気そうでよかったわ』
「何かお礼ができれば……」
『気にしなくていいのに』
「でも……!」
『だったら、貴女の周りで困っている人がいたら助けてあげて。それで充分よ』
「はい……!」
蘭ちゃんの声は少し震えていて、目には涙が浮かんでいる。それを拭ってあげようとして、すぐに手を下ろした。今の私と彼女との関係にそれをする理由はない。
『それじゃあ、私はこれで』
「あの、名前、教えてもらえませんか……?」
『ごめんなさい。秘密にしてるの』
微笑みながら唇に人差し指を当てた。
『A secret makes a woman woman……女は秘密がある方が綺麗でしょう?さようなら、蘭ちゃん。これからも元気でね』
そう言ってその場をあとにした。
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人気の少ない公園のベンチに座った。喉が渇いたから自動販売機で水を買って一口飲む。目を覚ました光希にも持っていたジュースを飲ませた。
「亜夜姉……?」
懐かしい声に顔を上げる。目の前にいた彼女は大きく目を見開いていた。
『……久しぶりね、志保』
「本当に……?本当に亜夜姉?」
志保は瞳に涙をいっぱい浮かべて小さくしゃくり上げる。
「よかったぁ……本当に……っ!」
「ママぁ……?」
光希が不思議そうな顔を浮かべた。この子は志保の事を知らない。知らない人間が急に泣きだしたら驚くだろう。
『このお姉さんはね、ママの大切な人なの』