第93章 根拠のない確信
「安室さんなら今買い出しに言ってもらってるの。もう少ししたら戻るんじゃないかしら」
バーボンに会うのは面倒だ。ゆっくりしたかったけどここまでみたいだ。それでも、蘭ちゃんと園子ちゃんと梓さんの顔を見る事はできたし、元気そうでよかった。
何も言わずに会えなくなるのは寂しい気もするが、そうしなければならない。私と彼女達の住む世界は違うのだから。
アイスコーヒーを飲み終えて席を立つ。レジに向かい、梓さんに会計をしてもらった。その間もやはり視線を感じるから顔を上げた。またパチリと視線が合って梓さんは困ったように笑った。
「ごめんなさい、やっぱり似てるんです」
『……先程言われてた方ですか』
「あ、はい。少し前まではよく来られてたんですけど最近は……連絡もつかないみたいだから心配で」
『……そうなんですね』
「すみません、こんな話。また来てくださいね」
梓さんに微笑まれたが、私は曖昧な笑みを返す事しかできなかった。小さく頭を下げて店を出ようとした。が、それより先に扉が開く。目の前に居たのは予想通りバーボンで。店から出たいのにバーボンが扉の前にいるせいで出れない。目が合わさると、少しだけその表情が動いた。バレただろうか。
『あの……』
「ああ、すみません。知り合いに似ていたものですから」
バレたかも。まあいいか。
『そうですか。それでは』
「ええ。また来てくださいね」
店を出て振り返らずに帰路に着く。やっぱり少し寂しい。でも、早めに忘れないと。近いうちにまた大きく動く事になりそうだし。ぼんやり考え、周囲を観察しながら歩く。
「では、お先に失礼しやす」
いろは寿司という店から出てきた男が見えた。人の良さそうな笑みを浮かべている。しかしその表情は、店の扉が閉まった瞬間にスコンと抜け落ちた。
場所や環境が変わると瞬時に表情を切り替える事はある。おかしな事ではないのに、なぜか妙に気になってしまって。視線を逸らせずにいると男がこちらを向いた。片目は眼帯で隠れていた。視線が合わさったのは男の右目だけ。それなのにその瞬時ものすごい圧を感じた。
すぐに視線は逸らされて何も言われないまますれ違う。その間も心臓が大きな音を立てている。体を包むこの感覚に覚えがあるからこそ、脳がそれを危険だと判断しているのかもしれない。