第92章 熱い吐息※
どちらにせよ、口をつけない事に変わりはない。でも、そろそろ帰りたい。料理の美味しそうな匂いは危険かもしれないと思っていても少しずつお腹を空かせていくし、いくらか喉も渇いた。
一度、ジンに連絡してみた方がいいだろうか……なんて考えているとバーボンの視線を感じて顔を向ける。ふわり、と唇が重なった事に気づいたのはいつの間にか近づいていたバーボンの顔が離れてからだった。
反射的に振りあげようとした手は、すぐにバーボンの手に捕まってしまった。
『なんのつもり』
「どうしてもしたくなったんです」
『どうかしてるんじゃないの?立場を忘れた?』
本来の立場から言えば敵であるにも関わらず、したくなったからとキスするなんて。ジンが戻ってくるまでは虫除けの意味でも一緒にいようかと思ったけど、離れた方が良さそうだ。
その場を離れようとした時、バッグの中のスマホが震え始めた。ジンの番号が表示されているのを確認して電話に出た。
『今どこに……』
「Hi」
聞こえてきたのはベルモットの声で、ため息をつきたくなるのをどうにか抑えた。
『なんで……貴女も会場にいるの?』
「そうなんだけど……ちょっとトラブルがあって」
『一緒にいるの?』
「ええ。一度合流したいんだけど……あ、どこ行くのよ」
ベルモットの慌てたような声が聞こえた思えば、電話の向こうがガヤガヤとうるさくなる。ヒールの音も聞こえてくるから移動しているのだろう。
そして、数分後。ジンとベルモットの姿が見えた。ジンはそのまま私の前まで来ると、強い力で私の腕を掴んだ。
『ちょっと、痛い……何があったの?』
力は緩められたものの腕は掴まれたままだ。ジンとベルモットと視線を行き来させながら話始めるのを待つ。にしても、ジンの様子がおかしい。
『ねえ……』
「あ!見つけた!もう急にいなくなったから探したんですよ!」
こちらに歩み寄ってきたのは、どこかの令嬢だろうか。可愛らしい雰囲気の女性だ。女性はジンの空いている腕に自らの腕を絡める。
「ほら、行きましょ!そろそろ辛いでしょう?私が相手してあげますから!」
「……あの女に何か盛られたみたいなのよ」
ベルモットが耳打ちしてくる。その間も女性は甘えた声でジンに擦り寄っている。
「で、そっちの女は何?」
女性の声に舌打ちしたくなった。それはこちらのセリフだ。