第92章 熱い吐息※
『はぁ……』
こちらを舐めるような視線をやり過ごしながらグラスを傾けるフリをする。グラスにも中のシャンパンにも口は付けられない。もちろん並べられている豪華な料理にも。何が盛られているかわかったもんじゃないし。
とある有名組織のパーティ。裏社会でも活動していて、私達ともそれなりに深い繋がりがあるから無下にする事もできない。送られてきた招待状は4枚あったが、その他の任務とも被ってしまい私とジンで出席する事になった。それが決まってから今日ここに来るまでのジンの機嫌の悪さといったら。どうにか了承してくれたのは、きっと仮面を付けて参加するものだったからだろう。
組織の人間は結構目立つ。ジンもそうだし、ここにはいないけどベルモットやバーボンも。いくら仮面で顔を隠していてもわかる人にはわかるだろう。
適当に挨拶だけしたらさっさとここから出る予定だったのだけど、まだジンが戻ってこない。視線だけ動かしてジンの姿を探しているとスっ、と誰かが横に立った。誰かを確認してそのまま殴らなかった事を褒めて欲しいくらいだ。
『……来れないんじゃなかったの』
「別件が予定より早く終わったんです。それに、少し気になる事があったので」
悪びれもなく言ったバーボンの足を踏んでやろうとしたのだが、例の如く避けられて足の裏に鈍い痛みが広がった。
「こりませんね、貴女も」
『こんな場所じゃなかったら蹴り上げてるわ』
ゆらゆらとグラスの中のシャンパンを揺らしながらバーボンを睨みつける。
『いつまでここにいるの』
「女性を1人置いていくなんて事しませんよ。それにまだ会場内の状況が把握しきれていないのもありますし」
バーボンは会場を見渡しながらウェイターが持ってきたグラスを受け取る。そのグラスを見てから自分のグラスに視線を落とす。
色が違う。バーボンの持ってるものはゴールドだが、私の持っているのは淡いピンク色をしている。銘柄が違うのだろうか。
『……どう思う』
グラスを掲げながらバーボンに聞くと、こちらの意志を察してくれたようで周囲を見回し始めた。
「男性と女性で違う、というわけではなさそうですね。でも、何か入れられているんだとしたら既に騒ぎになっていると思いますが」
『それもそうね……』
仮に何か入っていたとしても、シャンパンの香りや味に紛れてわからないだろう。