第9章 すれ違い
『……どうして』
なんとか絞り出したその問いに返事はない。
「もう帰れ」
目を合わせることなく言い放たれる。
初めての拒絶だった。指の先から熱が引いていく。思考がうまく働かない。
『……ジンっ』
「……退け」
ジンは横を通ってバスルームへ消えていく……きっと何を言っても受け入れて貰えない……。
シャワーの流れる音を聞きながら、震える手でベルモットへ電話をかける。
「Hi、どうしたの?」
『……っごめん、迎えに来てくれない?』
声が震えている。それを聞いてかベルモットの声も不機嫌そうになる。
「何があったの?」
『後で話すから……』
この場にいたくない。再び拒絶されるかと思うといてもたってもいられない。
『……変装解いちゃったから、顔隠せるものあると助かる』
「わかったわ……15分くらいで着くと思うから」
『うん、待ってる』
そう言って電話を切る。
今日来なければこうはならなかったのかな……ベルモットもウォッカも巻き込んで、それなのに……こんな自分が嫌で嫌で仕方ない。
「私よ」
しばらくしてベルモットの声が聞こえてドアを開ける。その表情は複雑そうだった。
「……これ」
『ごめんね、ありがとう』
女優が掛けているようなサングラスを差し出される。今日の服装には合わないけど、顔を隠す分には問題ない。
「ジンは?」
『……シャワー浴びてる』
「はあ……全く」
少し待ったけどジンが出てくる気配はなかった。
《急に来てごめんなさい。ゆっくり休んで》
そう書いたメモを置いて部屋を出た。
「……それで?」
車に乗り込むとベルモットが問いかけてくる。
『……もう近づくなって言われちゃった』
「マティーニ……」
『確かに一緒にいること多すぎたのかもしれないから……だから、しばらく離れようと思う』
「……余計なことしちゃったかしら」
『まさか、悪いのは私。ベルモットもウォッカも巻き込んでごめんなさい』
申し訳なさそうなベルモットとずっと黙ったままのウォッカ。
「……ウォッカ、少し遠回りして帰れるかしら」
「わかりやした」
ベルモットの手が背中に回る。その瞬間、今までどうにか堪えていた涙が頬をつたった。
この日以降、ジンと会うことはほとんどなくなった。