第89章 私の居場所
選べる道はいくつかある。宮野志保に戻る事もできる。灰原哀として生きる事も……志保が望むならFBIの証人保護プログラムだって適用されるはずだ。
「……自分の運命から逃げないって決めたの。だから、元に戻るわ」
『全て背負えるの?』
「理由がどうであれ私の作ったもので人生が狂った人がいる。やってしまった事は償うつもり」
『……そう』
まっすぐ目を見つめながら話す志保に少し驚いた。私の知らないところでこの子は強くなれたみたい。背負うものだって多いだろうが、そう決めたのなら私が何かを言う必要もないだろう。
「貴女は?」
『私?』
「貴女は……ずっとそこにいるの?」
打って変わって志保は不安げに瞳を揺らしている。逃げて欲しいとでも言うように。
『そうね。私の居場所はここにしかないから』
「でも、知っている事がバレたら……」
『その時はちゃんと罰を受けるわ』
組織にいる者への罰。制裁は死を持って償う。それがわかっているからこそ、志保の表情は酷く歪んでいく。
「だったら……!」
『私も、逃げるべきじゃないでしょ?』
「っ……」
『それに、もし逃げられたとしても私は普通にはなれない。また別の場所で同じ事を繰り返すだろうし……何より、許される限り彼のそばにいたいのよ』
そう言って襟の中に指を入れて、チェーンを引っ張り出した。そこに通されているリングを見て志保の目が見開かれた。私の言う彼がジンであるとわかっているからこその表情だろう。
「それって……」
『たぶん、そういうつもりでくれたんだと思う。でも、指には通せないわ。罪悪感で潰れそうだから』
「どうしてそこまで」
『好きなのよ。どれだけの罪の意識があってもその気持ちは消えてくれない。むしろ大きくなる一方だし……都合のいい、酷い女だよね』
そっと服の中にチェーンを戻す。
『私の命は彼のもの。私がこの世を去るのは彼の手によって。それまでは醜くてもいいからそばにいるつもり』
「……そう」
志保は浮かない顔を浮かべてケーキを口に運んだ。私も残りのケーキを食べ終える。
志保が何かを言おうとしているのはわかった。ても、なかなか言い出せないのか口を開いてすぐに閉じる。私から聞いてもいいのだろうか、と思いつつも声をかけた。
『何か言いたい事あるの?』
「えっと……その……」