第89章 私の居場所
以前よく来ていた喫茶店で志保からの連絡を待つ。先に頼んでいたアイスコーヒーを飲んでいる。美味しいのだけど、やはりポアロの味の方が好きだ。でも、もうあの店に行くつもりはない。蘭ちゃんや園子ちゃん、子供達に会うこともないだろう。
プライベート用で使っていた変装道具の一式は処分した。だから、今日は髪を結んで眼鏡をかけただけの変装とも言えない格好だ。
スマホがワンコールだけ鳴って静かになった。一度席を立ち、出入口へ向かう。そこには真っ黒な髪に帽子と眼鏡をかけた姿があった。
「……亜夜姉?」
変装をした志保は少し不安げな顔で視線を動かしている。当たり前かとも思いながら手を取った。
『大丈夫よ。いらっしゃい』
店内に戻る前に周囲を見回す。いくつかの視線がこちらに向いている。今のところは敵意を感じないし何かしてくる様子もない。様子を見る事にして店内へ戻った。
『好きな物頼んでいいから』
「……うん」
緊張しているのか志保はあまり話さない。注文をした後もどこか落ち着かない様子だ。
『大丈夫?』
「え?」
『緊張してる?落ち着かないみたいだから』
「それもあるけど……見られてるって思うとどうにも……」
『貴女の事が心配なのよ』
「亜夜姉は……」
『私は普通じゃないのよ。信じてくれるのは嬉しいけど』
「……」
少しキツい言い方になってしまったからか、志保は黙ってしまった。そのまま注文したものが届くまでどちらも言葉を発さなかった。
それぞれの前にケーキと飲み物が置かれたのを確認して口を開く。
『それで、話って何かしら?』
「……助けてくれた事のお礼してなかったって思って」
『気にしなくていいのに。皆怪我はなかった?』
「うん。でも、亜夜姉の事心配してたわ」
『……そっか』
心配か……ほんの気まぐれなのに。
「ありがとう。助けてくれて。観覧車の時も、ベルツリー急行の時も」
志保の目が私を見つめる。
『……どういたしまして』
そう言ってケーキを口に運んだがあまり味がわからなかった。アイスコーヒーの味もなんだか薄く感じる。一度水を飲んで口の中をすっきりさせた。
『……貴女はこの先、どうするの?』
「どうって?」
『元に戻るのか、今のままでいるのか……全く違う人生を選ぶのか』