第88章 溺れるほどの愛を※
『……そっか』
ジンがフィノのいう人を本当に大切に思っていたのがわかる。だからこそ苦しくて堪らない。
ジンはコートの内側から写真を取り出した。そしてそれをテーブルの上に置く。
「……こうも似るもんか」
『私だって驚いたよ……その写真見るまであの変装がその人に似せられたものだとは知らなかったけど」
「まあ、あの女のタチの悪い冗談は今に始まった事じゃねえが……」
『……簡単に切り捨てられたから、その仕返しだって』
ベルモットの言っていた事を伝えると、ジンは鼻で笑った。
そしてまた部屋は静かになる。何を切り出すべきなのかわからなくて、ただジンの言葉を待った。
「……てめぇにとって俺は何だ」
ジンの鋭い視線が向けられる。問いをゆっくり噛み砕いて、答えを口にした。
『……私を救ってくれた人。許されるまではそばにいたい人、かな』
「それだけか?」
大きく外れたわけでもなさそうだが、求められていた答えでもなかったらしい。何を言うべきなのか必死に考えるが思考はまとまりそうにない。
「何を難しく考えてる?」
『えっと……』
「てめぇは、俺を、どう思ってる?」
ジンの言葉にもしかしたら、という答えを思いついたが本当にそれを言ってもいいのだろうか。最後に伝えたのはいつだったか。それすらも覚えてない。覚えてられないほどに嘘を重ねてしまったから。本当だったらとっくに始末されるだけの事をしでかしているのに。
気持ちは変わらない。それどころか大きくなっているのに、それを上回る罪悪感のせいで言葉が出てこない。
「……何も言う事はねえか」
ずるい男だ。そんな声で言われたら抑え込んでいたものが溢れそうになる。
「……亜夜」
ああ……もう本当にずるい。名前なんて呼ばれたら、固めていた決心が簡単に崩れていく。
『本当に、好きなの。もうどうしようもないくらい……代わりでいいと思ったけど、都合のいい存在でもいいと思ってたけど……やっぱり嫌だよ……私1人がいい』
抑えていた言葉は吐き出し始めたら止まらなくて、涙もポロポロ零れてくる。
『好きだから、苦しい……』
胸の上に置いた手をぎゅっと握り締めた。心臓がうるさく音を立てているのを感じる。
部屋の空気がジンの笑い声で揺れた。そして、ジンはテーブルの上に置いた写真を持ち上げ……その写真に火をつけた。