第88章 溺れるほどの愛を※
アジトの駐車場。車の中で大きく深呼吸をする。ジンの車もあるし、部屋に行ったらいるだろうか。
キュラソーの一件で頭から抜け落ちていたが、話があると言われていた事を嫌でも思い出した。きっと、フィノという人の事だろう。何を言われるのかわからないから怖い。代わりだと言われて立ち直れるかもわからない。でも、いつまでもこうしているわけにもいかない。
『よし……大丈夫、大丈夫』
何度も自分に言い聞かせて車をおりる。もう一度大きく深呼吸をして建物内へ入った。
足が重い。いつもより時間をかけて自室への道を歩く。誰ともすれ違う事はなくて、どんどん不安な気持ちになっていく。そして、自室のドアの前。ドアノブに手をかけて恐る恐るドアを開けるとふわっと漂うタバコの匂い。それが残り香ではないことに気づいて思わず身を固くした。
ゆっくりゆっくり、部屋の奥へと入っていく。ソファに座ってタバコを吸うジンの姿を見て、震えそうになる手を強く握り締める。
『……た、ただいま』
「……」
ちらりと上げられた視線はすぐに下に向けられて、短くなっていたタバコが灰皿に押し付けられた。部屋に落ちる沈黙に心臓の音だけが大きくなっていく。怖さと緊張のせいで喉も渇いているような気がする。
その沈黙を破ったのはジンだった。
「……何が知りたい」
『……え?』
「ベルモットにどこまで聞いたかは知らねえがな」
『……勝手な事してごめん』
「そんな事聞いてんじゃねえ。あの女の話が全てじゃねえのはわかってるだろ」
『……』
確かにそうかもしれない。ベルモットの話には若干の脚色もあったかも……それでも辛かった。それなのに新たな事実を突きつけられるかと思うともっと辛いし苦しくなる。
「……チッ」
私が何も言えないでいると、ジンの舌打ちが聞こえた。そのまま諦めてくれるのか、という期待は裏切られた。
「……フィノの事は割と気に入ってた。ある時から同じ任務になる事が増えたからだろうが。抱いたしそれなりに優しくしてたつもりだ」
新しく出したタバコに火をつけながらジンは話し始める。
「だからずっとそばに置いておくつもりだったんだが……お前が来てすぐに死んだ。俺を庇ってな」
『……私が撃たれた時、距離を置いたのはそれが理由?』
「……そうかもな。また失うならそういう女は必要ねえと思った」