第9章 すれ違い
「……誰だ」
『私。開けてくれない?』
聞き間違えるはずのない声。マティーニがすぐそこにいる。
ホテルはつい最近変えたばかり。だから、この場所を知っているのはウォッカだけ。あの野郎……ただじゃおかねえ。
「帰れ」
ドアを開けずに言う。今会ったって……と思い踵を返そうとした。
『え、待ってよ。開けてってば』
慌てたような声とドアを叩く音。ドアスコープは覗かなかった。あいつの姿を見て冷静を保てる自信がなかった。
『……もう。開けてくれるまでここにいるから』
勘弁してくれ……と思いつつウォッカに電話をかけた。
「はい……」
「てめぇ……自分が何したかわかってんだろうな」
「あ、兄貴……これには事情が……」
「ずいぶん偉くなったもんだなあ……?」
「あ……これは、その……あっ、ちょっ……」
「Hi、ジン」
急に聞こえるベルモットの声。その声は楽しげで苛立ちが募る。
「私が言ったのよ、あの子を連れてくように。本人も行きたがったから……ウォッカは悪くないわ」
「チッ……さっさと連れて帰れ」
「……貴方、まさかまだ部屋に入れてないの?」
「だったらなんだ」
「……大丈夫かしらね。あの子結構急いでたから、変装してないわよ」
その言葉に焦りが生まれる。
あいつが最近盗撮されたという話は聞いた。それ故に変装していることも。もし、誰かに見つかったら……。
ドアを開けた。この時、ドアスコープを覗かなかったことを後悔した。そこにいたのは変装した亜夜。
『わっ、びっくりした』
勢いよく開いたドアに少し飛び退いた亜夜。
電話口から笑い声が聞こえる。
「てめぇ……」
「ふふふっ……それじゃ」
そのまま切られる電話。1度ドアを開けてしまった以上、亜夜を閉め出す訳にもいかず、ドアを開けたままため息をついて部屋に戻った。
後ろをついてくる亜夜に視線もくれず、タバコに火を……しかし箱の中は空。グシャッと箱を握りつぶした。
『……えっと、久しぶり?』
亜夜はぎこちなく言う。
「……何の用だ」
『あ、その、話がしたくて……』
「てめぇと話すことなんかねえよ」
『私はあるの!』
大きな声を上げる亜夜。これは何を言っても帰らないだろう。
でも、もう俺の近くに置く訳には行かない。