第86章 純黒の悪夢
「こんな所にいるとは思わなかったさ。この場所は割と気に入っているんでな」
立ち上がって振り返る。そして、目の前に立つ男に、先程まで自分に向けていた拳銃を構える。
『あら、この場で殺されるとは考えなかったの?』
「その様子じゃ、まだ組織に伝えていないんだな。俺の事も彼らの事も」
赤井はある程度の距離を保ったままそう言った。その様子を睨みつけるがその涼しい顔は変わらない。
「……体は大丈夫か?」
『は?』
「ボウヤを助けた時、かなり痛がってるように見えたからな」
『……別に。大したことないわ』
「どちらにせよ助かったのは事実だ」
『……そう』
心配などされると思ってなかったし、そのせいかきが抜けてしまって拳銃をホルスターにしまった。
「今回は見逃してやる」
『逃がしたら貴方達の事を話すかもしれないのに?』
「だったら、何故スコッチの死の真相を話さない?あの時点で俺の報告を否定していれば……その肩の傷だってなかっだろう」
『……』
それを嘘だと言ってしまったら……スコッチが自殺だとわかれば、バーボンはそれに至った経緯をあらゆる可能性から、きっと本当の答えに辿り着く。そうしたら、なんとなくバーボンが死んでしまう気がした。今日、バーボンがNOCだとわかって、あの時の感覚が間違いではなかったのかもと思った。
「その優しさと情の深さはいつかお前を殺すぞ」
『……そうかもね。でも、それでいい』
今更いくつ嘘が増えても変わらない。それから逃げようとしたけど、それは叶わないようだ。この苦しみと辛さは生きている限り抱えていかないと。
『ああ、そうだ……1個だけ』
赤井に言ってやりたい事……ゆっくり息を吐いて口を開く。
『明美を守ってあげられなかった事は本当に悪いと思ってる』
その言葉に少しだけ目を見開いた赤井の横を通り過ぎようとした。が、片手を赤井の手が掴んだ。
「お前、こちら側につく気はないか」
『馬鹿にしないで。そんなことするくらいなら死んでやるわ』
手を振り払ってもう一度睨みつける。赤井は何も言わなかった。
『周囲の人間やバーボンとキールを惜しいと思うなら、下手な行動はしない事ね』
そう言い残し、足早に車に戻った。そこでスマホを見ればジンからいつもどるか、とメールが入っていた。今日は戻れない、と返しエンジンをかけた。