第86章 純黒の悪夢
通信機のボタンを押して会話を終わらせる。バーボンに向けていた拳銃を下ろし車のエンジンをかけた。
「どういうつもりですか?」
『……何が』
「とぼけないでください。どうして本当の事を言わないんですか?」
タバコを取り出し火をつける。ゆっくり煙を吐き出してからバーボンを見た。
『使い勝手が良くて、そこそこ優秀で、絶対に裏切らない……そんな駒が欲しかったの。貴方達ならちょうどいいわ』
「……何をさせる気ですか?」
『その時が来たら教えてあげる。それまでに下手な事するようなら、貴方が関わってきた全ての人を消してから殺してあげる……キールにもそう伝えて』
「……わかりました」
『そう。よかった』
しばらく車を走らせて、最近はほとんど使わなくなった待ち合わせ場所でバーボンをおろす。
『くれぐれも変な気起こさないでね……それじゃあ』
それだけ言って車を出した。
アジトに帰るべきなのだろうが体中傷だらけだし、それの言い訳を考えるのは億劫だ。ジンには逃げるなと言われたが、2、3日くらいは許してもらいたい。どこかに腕が良くて口の堅い医者はいるだろうか……そういうヤツらは軒並み治療費が異様に高いのだが。
でも、今は。1人になりたい。だから、あの小高い丘へ向かう。
車を止めて、徒歩で頂上まで登る。生暖かい風がそっと髪をなびかせた。
時間こそ遅いが、頂上から見える景色はいつもと同じ。だからこそ、私の中で変わってしまったものを余計に意識してしまう。
『ははっ……あはははははっ……!』
口から漏れた笑いは次第に大きくなっていく。笑っているのに溢れ出した涙を拭うこともせず、息が切れるまで笑い続けた。
あの少年に正体がバレた。バーボンとキールはNOC。死んだはずの赤井は生きていた。キュラソーは死んでしまった。そして、また重ねてしまった嘘。抱えた秘密。全部、苦しくて辛くて堪らない。
狂い始めたのはいつだろう……秘密を重ねて、嘘で塗り固めて、気づけばもう引き返せないところまで来てしまった。
もういっそ、死んでしまった方がいいんだろうか。そうしたら、楽になるかもしれない。
ホルスターに入ったままの拳銃を抜き取る。そして、こめかみに当てた。引き金に指をかけて……力を入れようとした時聞こえた足音とタバコの匂いに拳銃を下ろした。
『こんなところまで追ってきたの?』