第86章 純黒の悪夢
『まずいっ……!』
その攻撃から身を守るように物陰に隠れる。が、少し遅かったようで背中に瓦礫の破片が当たった。一瞬息が詰まるが無事だ。ライフルのバッグを背負ってなかったら体に穴が空いていただろう。
『さっさとここから脱出しないと』
「待って!まだ子供達がゴンドラに残ってるの!早く助け出さないと!」
志保の悲鳴にも聞こえる声に目を見開いた。キュラソーも顔を歪めている。
「……行けるところまで行きましょう」
『無理よ。動いたら狙われるわ』
そう話している間も弾丸は撃ち込まれ続ける。あのヘリの弾切れを狙うのは無理がある。
どうしたらいい……もし、車軸の爆弾に弾が当たればもっと被害は大きくなる。
『ジンに連絡すれば……』
「駄目」
キュラソーの手がスマホを取り出した私の手を掴んだ。
「そんな事したら貴女まで始末されるわ」
『でも!』
キュラソーは少しだけ眉を下げた。そして、自身のスカートを裂く。
『何を……』
「奴らの狙いは私」
「貴女まさか囮に?!」
立ち上がろうとしたキュラソーの手を必死で掴んだ。今度は手を抜かれないように強く掴む。
『行っちゃ駄目』
「マティーニ……」
『お願い。一緒に帰ろう?』
震える声でどうにか涙を堪えて言った。すると、キュラソーにふわりと抱きしめられる。
「ごめんなさい……約束守ってあげられないわ」
『キュラソー……』
「それでも私の頼みを聞いてくれるなら……子供達を助けてあげて。私を変えてくれたあの子達を」
堪えきれずに涙が頬を流れた。体を離したキュラソーの指がそれを優しく拭う。
「最後に会えたのが貴女でよかったわ……さようなら、亜夜」
キュラソーはスっと立ち上がる。
「あの子達を頼んだわよ」
そう言い残して走り出してしまった。数秒遅れてキュラソーの走っていった方向に撃ち込まれる弾丸。
流れ続ける涙でぼやける視界に、どんどん小さくなっていくキュラソーの背中。もう会うことはないのだと理解しても受け入れきれなくて。
「……亜夜姉」
志保の声に顔を上げた。
そうだ。私にはやらなければならない事がある。乱暴に涙を拭い、志保の方に向き直った。
『ごめんなさい、行きましょう』
「行くって……」
『子供達の居場所はわかる?キュラソーの最後の頼み、聞いてあげなきゃ』