第86章 純黒の悪夢
「悪いな、キール……ネズミの死骸を見せられなくて。だが、寂しがる事はない……じきにバーボンもお前の元へ送ってやる」
キールの顔がひどく歪められた。例えNOCの可能性があるとしても、その死に様は見たくなくて目を逸らした。
「あばよ、キール……」
「ジン!!待って!!」
ベルモットの鋭い声が響いて振り返った。
「撃ってはダメ!ラムからの命令よ!……それで、我々は何を……はい……了解しました」
電話を終えたベルモットに声をかける。
『……ラムは何て?』
「キュラソーからメールが届いたそうよ。2人は関係なかったと……」
「記憶が戻ったのか?」
だとするなら一安心だ。それはキールも同じようで、安心からか薄く笑みを浮かべた。
「どうやらこれで、私達への疑いは晴れたようね……さっさとこの手錠を外してもらおうかしら」
「ダメよ」
ベルモットの言葉にキールの方へ向かおうとした足を止めた。
「ラムからの命令には続きが……届いたメールが本当にキュラソーが送ったものなのか確かめる必要がある、とも」
人前に姿を現さないほど警戒の強いラムの事だ。いくら腹心のキュラソーからのメールでも疑うらしい。
『警察病院からの奪還なんてかなり厄介よ……』
「ええ、そうね」
「案ずる事はねえ……俺の読みが正しければ、そろそろ動きがあるはずだ」
ジンはそう言って電話をかけ始めた。電話口から微かに聞こえるのはキャンティの声だ。
「……例の機体を用意しろ。アレの性能を試すチャンスだ」
『例の機体って……』
最新鋭の軍用ヘリ。あんなもの使うのか……ラムからの命令だし、確実に遂行しないといけないのはわかるが、それにしたって……。
「ジン、まさか本気でアレを使う気じゃ……」
ベルモットの声に私もジンを見るが、この様子じゃ止められないだろう。そこへウォッカが戻ってきた。
「兄貴!ダメです、逃げられました……」
「構わん。バーボンとキールは後回しだ。まずはキュラソーを奪還する」
「しかし、病院には警察や公安共が……」
「キュラソーは既に病院を出た」
「では、どこへ?」
「行き先は……東都水族館」
ジンの言葉に背中にゾワリとしたものが這った。
「ジン、貴方まさか……こうなる事を読んであの仕掛けを?!」
……つくづく、ジンが敵でなくてよかったと思った。