第86章 純黒の悪夢
「キール!」
バーボンが声を荒らげた。
「ほら、どうしたキール。続けろよ……手錠を外してぇんだろ?」
先程聞こえた金物の落ちた音はヘアピンか何かだろう。それを使って手錠を外そうとしたようだが、それにジンは気づいていたらしい。
「まだ容疑者の段階で仲間を……!」
バーボンの声にジンが顔色を変えることはなかった。
「仲間かどうかを断ずるのはお前らではない。最後に1分だけ猶予をやる。先に相手を売った方にだけ拝ませてやろう……ネズミのくたばる様をな」
本当にこのまま殺すつもりか……ジンに指示されてカウントを始めたウォッカの声が数字をどんどん減らしていく。その間もバーボンとキールが声を上げるが、ジンの構えた銃口は2人をとらえ続ける。
思わず手を握り締めたが、この状況で私ができることはない。
「ジン!まさか本気で……」
ベルモットも険しげな表情で声を上げたが、カウントが止まることはない。
「先に鳴くのはどっちだ……?」
カウントが残り10秒を切った。
「さて……バーボンか、キールか……」
バーボンとキールは口を開こうとしない。ただ、揃ってジンを睨んでいる。
「3、2、1……」
「まずは貴様だ、バーボン」
銃口がバーボンに向いた。そして、ウォッカがゼロと告げると同時に引金にかけられたジンの指に力が入った。
ビシュッ……!ガウンっ!
聞き覚えのある音と共に弾けるような音がした。音がした方へ顔を向けると何かが落ちてきて咄嗟にジンの腕を引いた。投光器の光に照らされて見えのは落ちてきたであろうライトで、それが当たって投光器が倒れた。弱くなった光は床だけを照らしていて、それより上の視界は真っ暗になってしまった。
「キール!バーボン!動くな!」
私が掴んだ腕を振り払い、ジンが再び拳銃を構えた。私は慌ててスマホを取り出し、ライトをつけて柱の方を照らす。ベルモットも同じようにスマホのライトで柱を照らしたが……そこにバーボンの姿はなかった。
「バ、バーボンがいない?!逃げたわ!」
そこには外された手錠だけが残っていた。
ジンが柱に近づいて手錠を拾い上げる。すると、入口のドアが急に開いた。
「追え!」
ジンの声にウォッカが飛び出して行った。おそらくバーボンだろう。私もそちらを追おうとしてジンを見た。ジンは、キールに拳銃を向けていた。