第85章 重なる影※
腰を撫でる手にゾワゾワしたものが湧き上がる。でも、流されてしまったら……と思い目の前の胸板に手を当てて押しのけようとしたが、全く動いてくれない。それどころか、大学院生の割に鍛えられてる……なんて馬鹿なことを考え出してしまった。
『お、沖矢さんにも恋人とか……』
「……忘れられない女性ならいますよ」
『じゃあ……』
「でも、彼女にはもう会えないんです」
『え……』
「お互いを慰め合うと思えばどうでしょうか?」
悲しげな声色に気持ちが揺らぎかける。でも、ジンの姿が頭をよぎって首を振った。
『だめ、です……』
「……簡単にはいきませんね」
呟いた声が聞こえて、体が離れていく。でも、安心したのは束の間。
『ちょっ……』
沖矢昴は私の飲んでいたグラスを手に取り、中にあったライを口に入れた。そして、私の方へ向き直る。
ハッとして逃げようとしたが、もう既に遅くて。片手は私の後頭部へ、もう片手には肩を抱かれて逃げられず……重ねられた唇からライが流し込まれた。
ゆっくり口の中に入ってくるライをどうにか飲み込むが、それでも口の端から受け止めきれなかった分が零れていく。必死に胸板を押して体を離そうとしても、更にキスが深くなっていくだけだった。
この男、キス上手いな……なんて考えていると、やっと口が離されて荒くなった息を整える。目の前の男は余裕そうで腹が立つ。しかも、服の裾から手を入れてくる。
『……最初からこのつもりですか?』
「全くその気がなかったとは言いません。完全にスイッチが入ったのは貴女が酔い始めてからですけど」
その手を跳ね除ける気もなくなってきた。完全に気分が晴れたわけではないし、流されてもいいのかななんて思ってしまう。でも、そう言えないのはジンに対して罪悪感があるせいで。どんな顔をして会えばいいのかわからなくなる。
「先程言っていた方への罪悪感でも?」
『そりゃありますよ……』
「それなら、全部他人のせいにしてしまえばいいのでは?」
どういう意味だ、と聞き返すより先にソファへ押し倒された。見上げる沖矢昴の目が薄らと開かれていることに気づく。そこから覗くのは綺麗な緑色の瞳だった。
「貴女をここへ誘った私と、貴女の飲んだ酒の……ライのせいにしてしまえば。そうすれば、貴女は悪くないでしょう?」