第85章 重なる影※
工藤邸につき、中へ促される。
『……何かしましょうか?』
「いえ、座っていてください。お招きしたのに手伝わせるわけにはいきません」
食い下がる必要もないのでソファへ座った。テーブルの上にある、私と同じ銘柄のタバコを見て、すぐに視線を逸らした。
しばらくしてテーブルの上にバーボンとライのボトルと、つまみにチョコレートとチーズが置かれた。
「飲み方はどうされますか?」
『……ロックで』
そう言うと丸い氷が入れられたグラスが目の前に置かれた。ライのボトルが開けられ私の前のグラスに注がれる。もう1つのグラスにはバーボンが注がれた。
「では、乾杯」
グラス同士をカツン、と当てて琥珀色を一口飲み込む。ほろ苦さとスパイシーな味わいが口いっぱいに広がった。続けて飲み、空になったグラスをテーブルに置く。すぐに新しくライが注がれた。それを眺めながらチョコレートを1つ取り、口に入れた。
「何かあったようですが、少しは気が晴れましたか?」
『……まあ』
「もしよかったら話してみませんか?そうしたらいくらか楽になるかもしれませんよ」
『……』
確かにそうなのかもしれないけど、改めて考えてみれば私が勝手に傷ついただけだ。ジンの過去に繋がるものを見つけてしまって、ウォッカに話せないと言われたことをわざわざベルモットに聞きに行って……結果知ったことで、勝手に泣いて苦しんでいるだけだ。
『……大丈夫です』
話す必要はない。そう呟くように言って、またライを飲んだ。
それから30分ほど。それなりに酒には強いつもりだが、ペースが早いのか酔いがまわり始めたようだ。徐々に眠気がやってくる。
「今日、泊まっていかれますか?」
『大丈夫です』
何も知らない男の前で変装を解くわけにはいかないし、どうにか意識を保っている。
「その姿を男の前に晒すのはあまりよろしくないかと」
ぼーっとしているとソファの隣が軋んだ。視線を向けると沖矢昴が隣に座っている。
「溜め込んでいることを話す素振りもありませんし、一時的にではありますが忘れさせてあげましょうか?」
『な、にを言って……』
するりと腰に回された腕にハッとして距離を取ろうとしたが、強い力で引き寄せられてあと少しで唇が触れてしまう程に顔が近づく。
『ダメです……』
「この状況で待てるほどできた人間ではないので……」