第84章 もうひとつのレシピ
「きっと原因はシェリーでしょうね」
『どういうこと?』
「容姿は今の貴女にそっくりなのだけど……声だけはシェリーに似てるのよ。もし、目を閉じたままシェリーを抱けばフィノを抱いてる気分になれたんじゃないかしら」
『待ってよ、ジンはシェリーと……』
「さあ?実際はどうなのか知らないけど、可能性はあるでしょ?一時期シェリーにそれなりの執着があったみたいだし」
胸に棘がグサグサと刺さるような痛みが走る。そうではないと思いたいけど、それを否定しきれない。もしかしたら、という様子を見たこともある。
「辛そうね」
『……平気でいられるわけないでしょ』
「あら、覚悟決めてきたんじゃないの?」
『そ、そうだけど……』
「まあ、このくらいかしら。私が話せることは……ああ、フィノに与えられるはずだったコードネーム、知りたい?」
意地の悪い笑みを浮かべて聞いてくるベルモット。何かを言いたくても感情が言葉にできなくて、ただ小さく口を動かした。
「ねえ、マティーニのレシピは知ってるかしら?」
『もちろん……ジンとベルモットを……』
「ええ、そうね。確かにそれが1番オーソドックスだけど、他にもレシピはあるのよ」
ベルモットはテーブルの上の、開けられたワインボトルのラベルを指さした。そこに書かれていたのは、Fino Sherryという文字。
「フィノはこれがすごく好きでね……だからこそアダ名はフィノだったのだけど。そして、これとジンを混ぜるとマティーニというカクテルになるのよ」
『……っ、は』
「マティーニのコードネームは、本来フィノが与えられるはずだったもの。でも、あの子が死んでしまったから巡って貴女に与えられたってわけ」
感情がぐちゃぐちゃになって、じわりと浮かんできた涙が頬に流れた。流れ始めたらそれは止まらなくて、それでも拭う気にはならない。
『私は……』
私はジンにとって何なのだろう。ただ、フィノという人の代わりなのかもしれない。向けてくれていたあの感情は全部……私のものではなかったのかもしれない。
フラフラと壁に手を着くと、部屋に漂う雰囲気を壊すように着信音が響いた。ベルモットはスマホを手に取り耳に当てる。
「なあに?……ええ、ここにいるけど……何って、そんなのわかってて聞いてるんでしょ?私が知ることは話したわ……って、切れたわ」