第84章 もうひとつのレシピ
『そう……』
持っていたドレスをソファに投げて、代わりにバッグを手に取り踵を返す。
「ど、どちらへ……」
『……ジンが何か言ってきたら、今日は戻らないって伝えておいて』
それだけ言い残して部屋を出た。
歩きながら考える。誰だったらフィノという女性のことを知っているか。ジンとウォッカ、アイリッシュも知っていたようだし……それならベルモットも知ってるかもしれない。そう思ってベルモットに電話をかけた。繋がったのを確認して口を開く。
『今どこ』
「……急にかけてきたと思ったら、何か用かしら?」
ポチャンと水面が揺れる音がする。入浴中みたいだが、それに構う余裕はなかった。
『聞きたいことがあるの』
「内容次第ね」
『……フィノって人の事教えて』
そう言ってベルモットの返事を待った。少しの沈黙の後、大きく息を吐く音が聞こえた。
「……今から言う場所に1時間以内にいらっしゃい」
そうして伝えられたのは、都内の高級ホテルの名前。
「それと、聞きたいならそれなりに覚悟決めてくるのね」
『……うん』
「それじゃあ、また後で」
覚悟か……電話が切れたスマホを強く握りしめた。
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ベルモットに言われた部屋に着いてドアをノックする。開かれたそこにはベルモットがいて、その口元が上がった。
「まさかその格好で来るとは思わなかったわ」
『……落としてくる時間なかったの』
部屋に入るとベルモットはソファに腰掛けた。そして、ワインのボトルを開ける。
「貴女は?」
『……いらない』
立ったままそう答えた。それがワイングラスに注がれるのをただ見ていた。
「それで、覚悟は決まったの?」
『……うん。大丈夫』
両手を強く握り締めた。ベルモットは私を見て、ワインを口に運んだ。
「……何から話そうかしら」
ベルモットはそう呟いて窓の外の夜景に目を向ける。私は続く言葉を静かに待った。
「どこでフィノの名前を聞いたのか教えてもらえる?」
『……初めに聞いたのはアイリッシュから。その時は気にしてなかったんだけど、ジンの部屋で写真を見つけて、それで……今の私と同じ姿だったから』
「なるほどね……」
ベルモットはまた一口ワインを口に含み、そのグラスをテーブルに置いた。
「フィノを組織に連れてきたのはアイリッシュだったわ」