第84章 もうひとつのレシピ
情けない悲鳴を上げながら振り返ると、そこにはジンの姿があった。慌てて写真を背中に隠す。腕が小刻みに震えてしまっている。
「……何してる」
『あ、えっと……この、ドレス、探しててっ……』
声まではどうにか震えないように言葉を区切りながら話す。床に落ちたドレスを拾い上げるのに合わせ、写真をベッドの上にどうにか落とした。
ジンからの鋭い視線が突き刺さる。早く出て行かないと、と思うのに足が凍りついたように動かない。
「本当にそれだけか?」
『……うん』
近づいて来るジンから放たれる殺気を肌に感じる。怖くてたまらない。逃げたくても逃げられなくて、伸ばされた手が私の頬に触れた。
「……チッ」
『っ……』
舌打ちの音に肩がビクリと震えた。ジンの手が離れていって安心したのも束の間。
「出て行け」
有無を言わさない声色に何度も頷いて、躓きかけながらドアへ向かった。どうにか自室へ入って、そこで足の力が抜けてドアを背にズルズルと座り込んでしまった。
「マティーニ?どうしたんですかい?」
部屋の奥からウォッカの声が聞こえた。ジンに用があるんだろうけど、そんなこと聞く余裕はなかった。
『えっと……腰抜けちゃって……』
「何があったか知りやせんが……」
差し出された手を掴むと、そっと引き上げてくれた。足はふらつくが倒れる訳にもいかず、どうにかその場で踏ん張る。
「紅茶でも入れやすね」
『……』
そう言ってウォッカは準備を始めた。気を使ってもらうのは嬉しいが、今はそれどころではない。
ウォッカは知ってるだろうか、あの写真の女性のことを。ジンに聞く勇気はないが、ウォッカならまだ大丈夫かもしれない。
『ねえ、ウォッカ』
「はい?」
『……フィノ、って誰』
その瞬間、パリンつとカップの割れる音がした。ウォッカを見れば口を開けたままこちらを見ている。
「ど、どこでその名前……っ」
『初めに聞いたのはアイリッシュだよ……』
「あの野郎……っ!」
『でも、さっきジンの部屋に行った時に見つけたの。フィノって人の写真』
「なっ……」
『私の今のこの顔と同じ人だった。彼女は誰?組織の人なの?ジンにとって彼女は……』
「その話はできやせん」
私の言葉を遮ったウォッカの声は、普段と打って変わって冷たく威圧感のある声だった。