第82章 子供の頃のアダ名
『ご、ごめん……』
起き上がったジンから少し距離を取って謝った。
「その顔、やめろ」
『っ、わかった……』
ジンの若干の殺気が宿った目に睨まれて、逃げるようにしてバスルームへ駆け込んだ。ウイッグを外しメイクを落とす。さっさと体まで洗って……手を止めた。
この変装やめた方がいいのかな。そうした方が良いのだろうとは思うけど……この顔でできてしまった繋がりは多いし、それを捨てるのは惜しい気がする。別の顔でポアロに行って、蘭ちゃん達の姿を遠巻きに眺めるだけというのは虚しくなる。
せめて、理由がわかれば……ジンはどうしてここまでこの顔を嫌がるのか。内容次第ではこの変装をやめる踏ん切りがつくのに。期待するだけ無駄だとは思うけど。
もう一度、体全体を流してバスルームを出る。部屋に戻ると、ジンはソファに移ってグラスを傾けていた。先程のこともあったから、ゆっくり近づいていく。それに気づいたジンは、ソファの空いた所を視線で示した。拒む理由もないけど、恐る恐るそこに座る。
無言のまま時が過ぎていく。ジンがグラスを傾けることで微かに氷が揺れる音が時々するくらいだ。ものすごく居心地が悪い。
先程の理由を聞いてもいいだろうか……この空気で切り出すのは少し怖いが、聞かないと。呼吸を落ち着けて口を開こうとした。でも、それより先に目の前にジンのグラスが置かれた。並々と注がれた酒の香りがする。
飲めってこと……だよね?と、視線で問えばまたスっと目が細められる。これ以上不機嫌にさせたくなくて、そのグラスに口をつけた。ふわりとその香りを感じると共に、度数の高い酒が喉を熱くしていく。数回に分けてグラスにあった分を飲み干した。
これでいいか、と視線を投げればその口角が少し上がった。そして、立ち上がったジンに腕を掴まれ、ベッドに投げられた。もしかしなくても、抱かれるのだろう。まあ、嫌なわけではない。前回からそこそこ期間が空いたし、こういう状況になればその気になってくる。
「……誰にも抱かれてねえな?」
ジンの声に小さく頷く。すると、ジンの目の光が少し弱くなった。まるで安心したかのように。
『ジン……?』
名前を呼んでみたが、それ以上は聞くなとでも言うように唇が重ねられた。荒々しくされるだろうと思っていたのに、ものすごく優しくて……何度も互いの熱を貪った。でも、どこか違和感を覚えた。