第80章 漆黒の特急
「っ!」
『もちろん、他の人達にも手は出させない』
正体を明かさなければ、彼女は立ち止まってくれなかっただろう。それでも、その瞳は大きく見開かれてゆらゆらと揺れている。
「どうして……」
かすれ気味の声が漏らされた。たった一言にたくさんの疑問が詰まっているのはすぐにわかった。どうして助けようとするのか、どうして子供達と一緒にいるのか、どうして姿が変わっていることに気づいているのか。
『貴女の友達に危害をくわえる気もないし、貴女の居場所をなくす気もない……私の言う事を信じろとは言わないけどね』
そう言えば哀ちゃんは小さく首を振った。信じてくれるんだろうか……私の事を。
『戻った方がいいわ』
「それは駄目……」
『どうして?』
「子供達の事を傷つけてしまうかもしれない。それに、私なんか庇ったら亜夜姉だって……」
『だからって貴女が犠牲になる必要はない』
「でも……!」
「あら、哀ちゃん?」
第三者の声に顔を上げた。そこには大きめの帽子を被った女性が。
「……貴女は?哀ちゃんのお知り合いかしら?」
その女性と目が合う。どうしてこの列車に工藤有希子が……あらゆる可能性を考えてたどり着いたのは、あの少年。もしかしたら、こちらの計画に気づいているのかもしれない。にしても、母親を巻き込むとは。
「しっ、知り合いよ、子供達と仲良くしてくれてるの」
緊張感を割くように哀ちゃんがそう言ってくれた。
「そうなのね。急で悪いんだけどこの子こちらで預かってもいいかしら?」
『……絶対に危険な目に合わせないと約束してくれるなら。ずいぶん怯えてしまっているみたいで』
「もちろん、ちゃんと守るわ」
『そうですか。哀ちゃん、それでもいい?』
そう聞くとコクン、と頷いた。
『……じゃあ、私はみんなの所に戻るわ。一応誰かにメールしてあげて。心配してたから。では、この子のことよろしくお願いします』
「ええ」
『また後でね、哀ちゃん』
頭を撫でて上げる。そして踵を返した。
「あ、亜夜……さん、ありがとう」
『……』
微笑みだけ返してその車両を出た。
車両を移ってすぐの所にあったトイレに入って気持ちを落ち着かせる。大丈夫、志保は絶対に無事だ。そう何度も言い聞かせて。
ゆっくり息を吐いて、そっとドアを開けると……そこには。