第80章 漆黒の特急
どうしよう……どうしたらいい?視界の端に哀ちゃんの姿を映しながら考える。思い詰めたような表情は、きっと彼女も薄々感ずいてしまっているのだろう。組織に狙われていることに。私もきっと警戒されてる。
志保の姿が薬によって幼児化していることを、バーボンは知らないはずだ。ベルモットがその事を話すとも思えない。ならば、何かしらの方法で解毒剤を飲ませて姿を戻させるはずだ。この子の事だ。たぶん、薬は常に持ち歩いてるだろう。
哀ちゃんがスマホを取り出して……その画面を見て顔色を一層悪くした。
「灰原さん?メールですか?」
「誰から?」
「コナンからじゃねえか?」
「いいえ、ただの広告メールよ……」
哀ちゃんはそう言ってスマホをしまい立ち上がった。
「あ、哀君、どこへ行くんじゃ?」
「トイレ……風邪薬飲むからちょっと長いかも……」
「じゃあ私付き添うよ!」
蘭ちゃんの声に返事をせず出て行ってしまった。蘭ちゃんは立ち尽くしたままドアを眺めている。
「放っときなよ!ウザがられるだけだって!」
「でも、あの子……この部屋に来る途中ずっと私の上着の裾掴んでたから……何か心配事があるみたいだし。そばについててあげないと」
蘭ちゃんがドアを開けたが……もうそこに哀ちゃんの姿はなかったようだ。
「亜夜さん?」
「亜夜お姉さんもトイレ行くの?」
子供達の声を聞いて無意識に立ち上がった事に気づいた。
『え……ええ、まあ。哀ちゃんの事も探してくるわ』
「じゃあ、私も行きます!」
『……そう?じゃあ、私こっちに行くから反対側の方探してみて?』
前の車両か後ろの車両か……賭けの部分もあるけど、蘭ちゃんが一緒なら手は出せないはずだ。ベルモットはもちろんバーボンも。
そう思いながら7号車へ入る。と、同時に足元に弱い衝撃が。そこには探していた姿が。
『あ、哀ちゃん?』
「っ……!」
『よかった……』
「こ、来ないで!」
安心から伸ばしかけた手を振り払われた。少しショックだったが、彼女の状況からすれば当たり前の反応だろう。でも、ここで行かせてしまったら……そう思って咄嗟にその小さな手を掴んだ。震えてる手を包むようにして視線を合わせる。硬直してしまった彼女の耳に顔を近づけ声をひそめた。
『大丈夫よ、志保。私は、貴女を傷つけたりしない』