第80章 漆黒の特急
空気がどんどん冷たくなっていくのを感じる。私は不満をあえて隠していないが、バーボンは相変わらずの笑顔。
『目的は何?』
「ただ興味があった、というのは駄目ですか?」
『そんなのを信じられると思うの?』
「それは残念ですね」
『チッ……』
舌打ちをしてもバーボンの纏う空気は変わらない。それが余計に腹立たしい。
『それじゃあ、この列車にあと何人組織の人間が乗ってる?』
「さあ」
『……さっきの赤井。あれは誰?』
「さあ」
『私を呼び止めたのは?』
「あの場で堂々と正体を明かしても良かったと?」
『……』
駄目だ、今のバーボンから何かを聞き出そうとするのは無理だ。こちらを踏み込ませる気は……それどころか、絶対に関わらせないという意思さえ感じる。
『……もういいわ』
「そうですか」
本当は一発くらいくらわせてやりたかったけど、この列車には知り合いも多い。下手なことはできない。踵を返しても呼び止められなかったから、もうそれでいいのだろう。
蘭ちゃん達の部屋のドアをノックする。
「……はい」
『私。開けてもらえる?』
「あ、すみません!今開けますね!」
鍵の外される音がして顔を覗かせた蘭ちゃんに微笑みかける。哀ちゃんがいることに安堵しながら椅子に座った。でもどこか不安そうな表情だ。
「あ!そうだ!」
歩美ちゃんが声を上げた。何かと思って視線を向けると光彦君がスタホの画面を見せてきた。
「先週、キャンプに行った時に会った女の人なんですけど……この人見かけませんでしたか?助けてもらったのでお礼がしたくて。パスリングをしてたから乗ってると思うんですけど……毛利探偵事務所にも送ってあって……」
その画面を見せられて背筋が凍った。それを表に出さないように歯を食いしばって拳を握り締める。鼓動がどんどん早くなっていく?
歩美ちゃんを抱き抱えている女性……見間違えるわけがない。これは志保だ。
もう既に何人かはこの動画を見てしまっているようだ。もし、これが組織の誰かの目に止まってたんだとしたら。この列車に志保が乗り込むと見越してバーボンを送り込んだんだとしたら。
「……亜夜さん?」
視線が集まってることに気づいて顔を上げた。
「どっかで見かけたのか?」
『……ううん、見てないわ』
そう答えると子供達は肩を落とした。