第80章 漆黒の特急
「……そういえば、亜夜さんのフルネーム聞くの初めてかも」
「確かに、そんな気がする」
『そうだったっけ?タイミングなかったかな』
とぼけながらも哀ちゃんの様子を確認する。若干怯えさせてしまったみたいだ。やっぱり言わない方がよかったか……眠さで判断力が鈍ってる。
「世良さんもうちらのところおいでよ」
「ああ……車内見て回ってからお邪魔するよ」
「8号車のB室ね!」
「わかった。じゃあ後でな」
ひらりと手を振って先に列車へ乗り込んで行った。いつの間にか子供達の姿もない。
「じゃあ私達も行きましょう」
『ええ』
一等車というだけあってなかなかに豪華。私はただぼーっと車窓を流れる景色を見るだけだが。
あの世良って子……何年か前に会ったよな。会ったというより遠目に見たという方が正しいかもしれないが……先程会った直後はパッと思い浮かばなかったけど、思い出した。あの子は赤井秀一の妹だ。
「亜夜さん、大丈夫ですか?」
『ん?ああ、ごめんね。どうしたの?』
「なんかぼーっとしてるから……仕事急いで片付けてきたんですよね?すみません、無理させて……」
園子ちゃんが申し訳なさそうに目を伏せる。その様子を見て慌てて撤回した。
『無理なんかしてないよ。どうしても来たかったし、忙しかったのもあるけど、今日のこと考えてたら寝付くにも寝付けなくて……』
「ふふっ、遠足前の小学生みたい……」
蘭ちゃんがクスッと笑った。どうやら楽しみにしていて、と思ってくれたようだ。半分はそうだけど、一番の理由は……この子達に話していいことではないよね。
コンコン……
不意にノックの音が響いた。
「私が出るね」
蘭ちゃんがそう言ってドアを開けた……が、そこには誰もいない。
「何よ、イタズラ?」
「うーん、ん?」
蘭ちゃんがしゃがみこんで何かを拾った。封筒のようだ。
「何それ?」
「えっとね……おめでとう!あなたは共犯者に選ばれました……だって」
『それって例の推理クイズ?』
「そうみたいですね。それで続きは?」
「7号車のB室に被害者役の人がいるから入れ替わって推理クイズを盛り上げてくれって」
『へぇ……結構本格的なのね』
きっと共犯者、被害者の他に犯人役と探偵役がいるんだろう。
『それなら移動しましょう』