第80章 漆黒の特急
『ふわぁ……』
噛み殺せなかったあくびを見て蘭ちゃんが顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
『ああ……急な仕事を急いで片付けてきたせいで……』
「そんな、無理してないですか?」
『うん。せっかく招待してもらったんだし絶対乗りたくて。だから大丈夫よ』
そう微笑みはしたものの実は結構キツい。気を抜いたらそのまま寝落ちそうで……たとえ立ってても。
だめだめ、どこで何が起きるかわからないんだから……この列車を降りるまで気は抜けない。人差し指にはめたパスリングを撫でながらそっと息を吐いた。
「ほーら、ガキンチョ共!ベルツリー急行のオーナーである鈴木財閥に感謝しなさいよ!特別に席を取ってあげたんだから!」
園子ちゃんの声に返事をする子供達。歩美ちゃんと目が合って小さく手を振った。
「あ!亜夜お姉さんだ!」
わらわらと駆け寄ってくる子供達の頭を撫でる。それだけで顔が緩ませるから本当に……この子達に借りたままのもの、いつ返そうかな。
志保……いや、哀ちゃんはマスクをしている。どうやら、コナン君の風邪をもらってしまったらしい。
そんなふうに子供達を観察していると、蘭ちゃんと園子ちゃんは怪盗キッドの話題で盛り上がり始めてる。
「ていうか、京極さん怒るよ?本当に……」
「キッド様への愛は特別なのよん」
「僕はそんな泥棒よりも、毎回車内でやってるっていう推理クイズの方が気になるけどな!」
そう話しかけてきた子に蘭ちゃんと園子ちゃんは驚いた声をあげる。
「せ、世良さん……?」
「どうしてここに?」
「僕は探偵!乗るのは当然……」
そう話すのを見ながら子供達の方へ視線を向ける。哀ちゃんはなぜかフードを被り始めた。何か不安なことでもあるのか?いや、とりあえず。
『こんにちは。2人の友達?』
「僕は世良真純。最近2人のクラスに転校してきたんだ。お姉さん、会うの初めてだよな?名前聞いてもいいか?」
『私は……』
いつもだったらここで上手い具合に話が割られるんだけど、今回はそうではないらしい。今までフルネームを名乗るのは避けれてたんだけど、腹を括るしかないようだ。
『私は、黒羽亜夜。2人とは仲良くさせてもらってて、今日も園子ちゃんが招待してくれたの』
視界の端で哀ちゃんが目を見開いてこちらを見ていた。