第77章 ただの知り合い
しばらくすると安室さん、と呼ぶ声がしてバーボンは戻って行った。カウンターの方を見ると、先程まではいなかった梓さんがいた。笑いかけると小さく手を振ってくれる。
「亜夜ちゃん、気をつけろよ」
『え?』
「安室のことだよ。何かされたら俺に言うんだぞ。弟子の面倒を見るのは俺の役目だからな!」
毛利小五郎がニッと笑う。思うことはいろいろとあったがそれに微笑み返した。
「あ、名刺渡しとくぜ」
『……前にも貰いましたよ?』
「新しくしたんでな……ほれ」
差し出されたのは金色の名刺。これだけ特別なのか……なんて考えたけど、名刺ケースの中には同じような金色が見えたから考えるのはやめた。
『ありがとう、ございます……』
名刺を受け取って蘭ちゃんの方をちらりと見るが困ったように笑ってる。この感じはいつものことなんだろうな。
「俺の事務所のホームページもできたからな!そっちでメールくれてもいいぞ!」
『わ、かりました……』
バーボンに何かされたら返り討ちに……勝てるかどうかはその時の状況次第ではあるけども。
そのままだらだらと世間話に付き合ったが、毛利小五郎は途中で麻雀の誘いが来たと言って、テーブルの上にお金を置いて行ってしまった。
『私もそろそろ行くわ』
「何か予定とか……?」
『まあね……』
「それなら送りましょうか?」
背後で聞こえた声に慌てて振り返る。気配を消して近づくな……驚いたんだけど。
『仕事は?』
「今日はこれで終わりです」
『別にいいわ……大した距離じゃないし』
「まあ、送るっていうのは建前で、貴女と一緒にいたいだけなんですけど」
こいつ……!手が出ないようにギュッと握りしめて、怒りは大きなため息と共に吐き出した。
「……車、回してきます」
そう言って出ていくバーボンの背を睨んだ。
「あの、本当に知り合いなだけですか?」
『……ええ。ただの知り合い』
「にしては仲良さそうだよね。口調も僕達の時とちょっと違ったし」
『……そんなことないよ』
よくそんなことに気づくものだ。どちらにしても、普段通りに接するのはマズイか……バーボンの正体が簡単にバレることはないだろうが、もしそうなった場合私のことまでバレるかもしれない。この後、キツく釘を刺しておかないと。