第76章 ホームズの弟子
まあ、そうよね……あの子の警戒心の強さは知ってるつもり。軽率な行動はしないだろう。
幼い頃から組織に関わっていたのだから、子供の姿を覚えてる組織の人間は必ずいる。もし仮にテレビなんかに映ってしまってそれを組織の人間が見たら……組織の手が迫るのは時間の問題だろうし、捕えられるなんてことがあれば、例の薬のことや同じように幼児化しているあの少年にたどり着いてしまうはずだ。
足がつかないことを確認してパソコンを閉じた。テレビにあの少年が映った衝撃と、航空会社へのハッキングに夢中になりすぎて忘れていたが、身につけているのはタオル1枚だ。さすがに肌寒くなってきた。
服を着ながらぼんやりと考える。今の段階の解毒剤の効果はどの程度なんだろう……志保の頭の良さはわかっているが、それでも薬の成分を完璧に覚えてるとは思えない。
例の薬はどこかに残っているだろうか……あの子が使っていたラボはだいぶ前に吹き飛んでしまったし、データを復元することはもうできないだろう。
でも、どこかにあるはずだ。もしかしたら、まだジンが持っているかも。その他にもありそうな場所を頭の中でいくつかピックアップしていく。一気に回るのは不審だろうから数日にわけて……それをどう渡すかも問題なんだけど。
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『おかえり』
「ええ」
それから数日後の空港にて。帰国したベルモットを迎えに来ていた。サングラスをしているが、どうにもそのオーラは隠しきれないようで、チラチラと視線を浴びている。
昨日、急に連絡があったのだ。どうやら、ジンもウォッカもバーボンも動けないらしい。
『任務は無事終わったみたいね』
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ」
『ごめんごめん。で、誰を消してきたの?』
「……」
『残念。教えてくれないのね』
「……死んだ人間のことなんて知る必要ないでしょ」
窓の外に視線を向けるベルモットはため息混じりに言った。
『そういえば、あの少年もイギリスにいたみたいね』
「……何を言ってるの?」
『あら、知らないの?ウインブルドンの会場にいたみたいよ……Holmes' apprentice ってね』
「……」
サングラス越しの目が睨んでいる気がする。
『それから、シェリーのこと』
「……」
『隠し通せると思った?舐められたものだわ』