第75章 亡霊
百貨店の出入口に視線を剥ける。人混みの中に……いた。黒い帽子と火傷の跡。周囲を見回しているようだ。車内の空気がピン、と張り詰める。きっとジンも見えてるはずだ。
キャンティの声色は興奮を増していく。このままじゃ、ジンの指示より早く撃ちかねない。仕方ないか……。
『ねえ、ジン。ちょっと待っ……』
言葉が切れたのは、車の横にバイクがつけられたから。ヘルメットから覗く金髪とバイザーから覗く目はベルモットのものだ。
そして、ジンに耳打ちするように体を傾ける。
「あの方の許しは受けているのか?」
「ええ、ボスは慎重居士……石橋を叩き過ぎて壊しちゃうタイプだから……」
聞こえた声はそれだけだったが……とりあえず、私が何か言う必要はなくなったようだ。
「何してんのさ!殺るの?殺らないの?どっちなんだい?!」
「……」
ジンは無言だ。視線を窓の外へ向けると、一瞬だけベルモットと目が合う。すぐにバイザーを閉めて走り出してしまったが。
「見た……アイツこっちを見やがった!」
キャンティの取り乱す声に耐えきれず頭を抱えた。バーボンも余計な事を……キャンティのそばに行って宥めたいけど、この状況で外に出る訳にも行かず……キールとキャンティは一発ずつバーボンを殴っても許されていいはずだ。
「あ、兄貴……妙ですぜ。客連中が百貨店の中に慌てて戻ってやがる……」
また何かあったのか……どちらにしても、人混みが大きく動いたせいでバーボンの姿は見えなくなった。
「ど、どこだい?!どこに行きやがった?!」
キャンティはまだ落ち着けてないようで、ただ焦るような声が聞こえる。
「長居は無用だキャンティ。引き上げるぞ……コルンにもそう伝えろ」
「ちょっとどういうことなのさ?!ジン?!ジ……」
ピッと虚しい機械音と共にキャンティの声が途切れた。
「フン、独断専行か……相変わらず気に食わねえ野郎だぜ」
「え?誰の事?」
「……お前の言う通り、小説の中だけにして欲しいもんだぜ……シャーロック・ホームズのような探偵はな」
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アジトに戻りその場で解散。遅れて戻ってきたキャンティとコルンの様子を確認してから、今度は自分の車に1人で乗り込む。
「……どこへ行く」
『野暮用。遅くならないと思うから』
ジンにそれだけ言って車を出した。