第71章 執念
「そうですよ」
赤井の顔からバーボンの声がする……気味が悪い。
どうぞ、と促されるまま部屋に足を踏み入れた。それでも、奥まで進む気になれなくてドアの前に立ち尽くす。
「何か飲みますか?」
『……』
「それ、しまってくれると気が楽なんですけど」
私がまだ拳銃をしまっていないのを見て、困ったように笑う。仕草はバーボンなのに。
『じゃあその変装解いてくれない?気味が悪いわ』
「……仕方ないですね」
剥がされたマスクの下、柔らかな金髪がふわりと揺れた。
『……はぁ』
拳銃をしまって部屋の奥へ進んだ。ほんの微かにベルモットの香水の匂いがする。やっと緊張が解けた。
『どういうつもり?』
部屋の中を見回しながら言った。
部屋に備え付けられているドレッサーの上には、変装するための道具がズラリと並んでいる。
『見たくもないほど嫌ってる相手に成りすます理由、教えてくれるのよね?』
鏡には布がかけられている。きっと変装したその顔を見たくないから。
「……やはり、どうにも信じられなくて。あの男が死んだというのは」
『だから?』
「奴の同僚や家族に探りを入れようかと」
『正気?』
「もちろん」
バーボンがここまで執念深い男だと思ってなかった。いや、赤井に関してだけだろうか。
『上の許可は取ってるの?』
「ベルモットにあの方へ伝えるように頼んでおきました。あとは貴女にしか言ってません」
『……死にたいの?最悪の場合、キールだって消されるのよ?』
「そうならないよう、貴女に教えたんです」
バーボンがコーヒーの入ったカップを差し出してきた。その手がいつもの褐色の肌ではなく、白い肌でドキッとしてしまう。腕の色まで変えるなんてずいぶん手が込んでる……ベルモットが中途半端な変装させるわけがないのだけど。
「奴の姿でうろついていれば、遅かれ早かれ組織に気づかれるでしょう」
『そこまでわかってるならなんで……』
「ジンへの日頃の仕返しも込めて」
確かにバーボンに対するジンの態度とかあまりよくないけどさぁ……ただ信じられないと言うだけの理由に巻き込まれるキールも気の毒すぎる。
『……わかったわ』
「ありがとうございます」
コーヒーに口をつける。うん、やっぱりポアロのコーヒーがいい。
『ところで声はどうするの?』
「何もしませんよ」