第69章 残されたもの
そう言って、バーボンのボトルを手に取った。
「……同じくらいスコッチも好きなんですけど、最近はバーボン一筋でして」
『……』
「お嫌いですか?」
『え、いや別に……』
「そうですか。ずいぶん難しそうな顔をされていたものですから」
『……』
無意識に力が入っていたのか……眼鏡のブリッジを押し上げながら小さく息を吐いた。ウイスキーは嫌いではないが、あの日以降……スコッチが死んだ頃からほとんど飲んでない。
もう一度ウイスキーの並ぶ棚を見れば、バーボン、スコッチ、ライが隣同士で並べられていた。
『ライは飲みませんか?』
なんとなく、聞いてみた。
「……貴女はお好きですか?」
『……バーボンやスコッチは私には甘いので、それに比べれば』
……もちろん味の話だ。誰かを指しているわけじゃない。
「なら、これも買いましょうか」
『あ、いや、そういう意味じゃ……』
止める声は聞かれずに、バーボンの隣にライが入れられた。
「行きましょうか」
会計を……と思ったが、絆創膏の箱は奪われてしまった。
「先に外で待っていてください」
スタスタとレジへ向かってしまう背中にため息をつきながら、店の外へ。すぐ近くにあったベンチに腰をおろした。
「お待たせしました」
『あのお金……』
「付き合っていただいたお礼です」
男は袋から絆創膏を取り出し、そのまま箱を開けた。
「靴、脱げますか」
『は?いや、いいです!自分でできます』
「そう遠慮なさらず」
『遠慮なんかしてません!』
「あまり騒ぐと目立ちますよ」
確かに目立ちたくはないけど……なんか、この男といると調子が狂う。まあ、いいや。今日しか関わることはないんだから。
大人しくなった私の靴をそっと脱がせ、靴擦れした部分に丁寧に絆創膏を貼っていく。
やっぱり左利きなんだ。それにタバコの銘柄。車の中に置いてあったタバコは私が吸うのと同じもの。
まさか……と考えて、有り得ないことだと頭を振って思考を追い出した。
たまたま左利きで、たまたま同じ銘柄のタバコを吸っているだけだ。そんな人、あの男以外にもたくさんいるはず。
「どうかされましたか」
『いえ……あの、ありがとうございました』
すっと立ち上がって頭を下げる。
『じゃあ、私はこれで』
「よろしければ、お名前教えていただけませんか?」