第69章 残されたもの
『……』
どういうつもりなのか知らないが、素顔じゃなかったら答えてたかも。
私なんかのことを知ってるとわかれば、最悪の場合消されますよ……なんて言うわけにもいかず、でも上手く断る言葉が見つからない。
『なんでそんなの知りたがるんですか』
「……初対面の男の車に平然と乗られるので、私に対して悪い印象はない。むしろ好意を持ってくれているのかと」
『そっ、そんなわけないじゃないですか!靴擦れがなかったら何を言われても1人で帰りました!』
慌ててそう言い返すと、また鼻で笑われた。なんだコイツ、ムカつく……絶対名前なんて教えてやるもんか。じろっと睨めば肩をすくめられた。
「失礼しました。先に名乗るのが礼儀ですよね」
『別にいいです』
「では、次に会った時に」
『二度と会いません』
「会えますよ、きっと」
『会いません』
「この手の勘はよく当たるんです」
『残念ですけど、今回は外れますよ』
なんか疲れる……どうやっても言い負かすことができない気がする。本当になんなんだコイツ。
『それじゃあ、本当に帰るので』
「ええ。暗いのでお気をつけて」
そう言って男は車へ向かって行った。最初からそうしてくれ……。
時間を確認しようとスマホを取り出し、なんの通知も来てないことに少しだけ気を落とす。
赤い車が走り去るのを確認して、私も帰路についた。
アジトについたのは日付が変わるギリギリの時間。自室のドアを静かに開けると、部屋は真っ暗なのにいつものタバコの匂い。奥へ進むと、タバコの火だけがぼんやりと暗闇に浮かぶ。
『……ただいま』
「……」
『電気くらいつけなよ』
ダンっと大きな音がして振り返った。徐々に暗闇に慣れてきた目がジンの姿を捉える。今のはジンがタバコを灰皿に強く押し付けた音。
『ちょっと……』
ジンの立ち上がる気配。殺気に近いそれに反射で逃げようとした。が、ドアノブに手が届く前に腕を掴まれて壁に押し付けられる。
『っ、う……』
かなり強い力で押し付けられた性で一瞬息が詰まった。そして、乱暴に顎を掴まれて舌がねじ込まれた。
こういう時は下手に抵抗する方が長引く。だから、大人しく受け入れた。それでもだんだん息は苦しくなってくるし、体の力が抜けてくる。
さすがにこのままじゃまずいと思って、ジンの胸板を押すとやっと唇が離れた。
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