第68章 漆黒の追跡者
アイリッシュside―
撃たれた場所は燃えるように暑いのに、体は四肢の先からゆっくりと冷たく重くなっていく。自分が重りになって海に沈んでいくみたいだ。不思議と恐怖はなかった。
結局ピスコの仇討ちはできないまま……上手くいくと思ったんだがな。
切り捨てられることを全く考えていなかったわけではない。でも、易々と殺られるつもりはなかった……今となっちゃ何言ったって無駄だろうけどな。
思い浮かんだのはあいつの顔だった。あいつは……来なかったか。ヘリにも乗ってなかっただろう。
こちらの思惑通り嫌って見捨ててくれたか、それともあの女が止めてくれたか……どちらにしてもこんな無様なところを見せなくてよかった。
妙なところで鋭いからな……変なこと言ったらたぶんここまで着いてきただろう。そうしたら、あいつも消されてたかもな。巻き込まなくてよかった。
最後に見た顔が悲しそうだったのが少し心残りではあるが。
俺が死んだことを知ったらあいつは泣くんだろうか。泣きそうだが最後はどうにか落ち着くだろう。ただ、誰にも吐き出せないまま心の奥に押し込めそうだ。変に強がるところがあるから不安だ。
こんな組織にいて優しすぎるのも考えものだな。だが、その優しさに少なからず救われたのも事実だ。あいつにはそんな事言わねえが……その後父親と言われたのは予想外すぎたがな。
最近のあいつの様子からして、何かを抱えてるのはすぐにわかった。それが何なのか……くだらねえ秘密か、組織を壊滅させかねないほどの重要なことか。まあ、もう死ぬ俺には関係ねえ。
最後に、2人の顔を見れたのはこれ以上ねえくらいの餞別だな……まさか、もう一度アイツの顔を見れるとは思ってなかった。
感覚が消えていくなかで、何かが震えた。微かに感じる程度だったが、体の下に落ちた携帯が震えているのか……誰だ、こんな時に。あいつか?今気づいたのかもな……。
最後くらい名前呼んでやればよかったな……マティーニじゃなくて、本当の名前を……なんだったか、あいつの名前は。最後にそれだけ思い出したい。
世話のやけるやつだった。本当に娘なんてものがいたらこんな感じだったのかもな……ああ、思い出した。あいつの名前。
亜夜だったよな……一緒にいる時間は面倒だったが悪くなかったぜ。
あんまり急いでこっち来るなよ……元気でな。