第68章 漆黒の追跡者
『この件が終わったらまた付き合って。この間の続きも教えてもらわなきゃだし』
落ち込みそうな気分を隠すように明るい声色で、口角を上げて笑顔を作って言った。
『それと、本当に気をつけてね。潜入してるのは警視庁なんだから……もし、何かあったらすぐに連絡して。助けに行ってあげるから』
「……やっぱり無理か」
アイリッシュはため息混じりに呟く。私に向けられた言葉ではなさそうだし、その意味はわからなかったけど聞くべきではない気がした。アイリッシュはデスクの引き出しを開ける。そして何かを取り出して立ち上がった。
「……ほら、これ持ってろ」
差し出されたそれは、パソコンの光で鈍く光っている。
『鍵?』
「この部屋のじゃねえ、もう1つ別で借りてある部屋だ。最低限の物は揃ってる。組織の奴らにはまだ気づかれてねえ。俺はもう使わねえからお前が好きに使え。住所は……」
言われた住所を繰り返して言って覚える。近いうちに行ってみよう。
『……ん。わかった、ありがと』
ほんの少しだけ、気持ちが緩んだ。顔を上げようとしたけど、その前にアイリッシュの手が私の頭の上に置かれる。そして、髪をぐしゃぐしゃにしながら撫でられた。
『ちょっ……』
「……あんまり無理すんなよ」
『それは、アイリッシュもね』
「……」
やっと手が離れていった。乱れた髪を整えながら顔を上げる。
『じゃあ、行くね』
「……ああ」
玄関に向かうと後ろからアイリッシュもついてきた。靴を履いて、外に人の気配がないことを確認してからゆっくりドアを開ける。
『またね、アイリッシュ』
小さく手を振ったけど、何も言われない。また気分が下がりそうになりながら、ゆっくりドアを閉める。
「……元気でな」
ドアが閉まる直前、そんな声が聞こえた。そして、すぐに鍵がかかる音がした。
マンションを出て、モヤモヤしたまま帰路につく。大きく息を吸いながら空を見上げると、私の気持ちとは真逆の晴れた夜空が広がる。今日も星が綺麗だ。
気持ちが晴れない理由に心当たりはいくつもあるけど、どれが1番の理由なのかはわからない。とりあえずは、目の前のこと。NOCリストの入ったメモリーカードを奪うのが最優先だ……。
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気持ちの晴れないまま迎えた7/7。東京の空は私の胸の内のように曇っていて、これじゃあ星は見れなさそうだ。