第68章 漆黒の追跡者
『……ご忠告どうも』
それだけ言って建物内へ入った。
アイリッシュがそんな簡単にボロを出すようなことをするわけがない。それでも心配してしまうのは、潜入先が警視庁だからかそれともあの少年が関わっているせいか……不安な気持ちは日を増すごとに大きくなっていく。
『七夕……きょう……』
被害者の残したダイイングメッセージ。七夕はもうすぐだな……その後のきょう、ってなんだろう?
バーボンがいたら案外簡単に犯人がわかったりして……しばらくはこっちに来ないらしいし、そういう時は連絡を入れても返ってこないし。
仕方ない、アイリッシュからの連絡を待とう……。
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明日はダイイングメッセージにあった七夕。
犯人の可能性があると言われた深瀬という男は、結局犯人ではなかったとベルモットから連絡があった。犯人に心当たりがある、と警視庁に連絡を入れた新堂という女も行方不明。おそらく真犯人に拉致されたと見て間違いないだろう。
今日は拉致した松本という男に水だけ飲ませて、米花の森を出た。
『あ、今日はこれだけか……』
ずっと資料とにらめっこしていたせいで来るのが遅くなった。だから、今日の面の下の顔はプライベートで出る時のもの。変装マスクにするのも面倒だったし。もし、この顔を見られたとしても存在しない人間だ。問題はない……まあ、蘭ちゃん達には会えなくなるけど。
『ん?』
着信を知らせるスマホを取り出した。この番号って……アイリッシュ?
『もしもし?』
「今どこだ」
『米花の森。これで帰るところだけど……』
「そうか」
『何かあった?』
「……今から言う場所に1人で来い。スマホの電源は切って、誰にもつけられるなよ」
『……ここか』
伝えられたマンションの部屋の前。ベルを鳴らすと鍵が開く音がした。ゆっくりドアが開けられて……
「……フィノ」
『えっ?私のこと?』
「っ……お前か」
『あ、ごめん。顔変えてるって言わなかったね』
「……まあ、いい。入れ」
『あ、うん』
奥に入っていくと、パソコンの明かりがぼんやりと部屋を照らしている。その部屋に足を踏み入れると、何かが飛んできた。
『わっ、何?』
「……その顔落としてこい。気が散る」
『この顔そんなにダメかなぁ……ジンも嫌がるんだよね』
そう言い残して渋々と洗面所へ向かった。